第16話、現世へ

 地獄に来て、3日目の朝。

 僕は、閻魔大王に連れられ、ある部屋へと案内された。 CTスキャンのような機械が設置してある検査室みたいな部屋だ。

 パソコンを操作しながら、閻魔大王は言った。

「 天国便は、お昼前に出発します。 中央コンコースの7番ホームからですが・・・ 少々、困った事が起きましてねえ 」

 閻魔大王の言葉に、僕は、嫌な予感を感じた。

「 どうしたんだい? まさか、天国便の運転手がストライキを起こした、なんて言うんじゃないだろうね? 」

 僕が尋ねると、閻魔大王は答えた。

「 そんな事なら問題ないんですが・・ 実は、天野様は死んでいない事が、人事課長の調べで判明したんですよ 」


 ・・は? ナンだ、そりゃ?


 閻魔大王は、続ける。

「 事故で、軽い打撲を負っただけでしてね。 死神クンが、間違えて連れて来ただけで、魂の尾は、切れてないんですよ。 てゆ~か、切るの、忘れていたみたいで・・・ 天国人事課としても、死んでいない方を、お受けする事は出来ないでしょうし・・・ 」

 ああ~ンの野郎ォ~・・! 何ちゅう、職務怠慢だ。 どうしてくれンだよ! 天国に行けないのなら、このまま、この地獄にいろってか? 冗談じゃない! こんなアホの巣窟にいられるか!

 その時、死神が、金属バットを持って、部屋に入って来た。

「 天野クン! ノックやろう! まだ、天国便まで、時間、あるだろ? 」

 ・・・お前、まさに、飛んで火に入るナンとやらだ。 よくもまあ、絶妙なタイミングでタイムリーな凶器を持ち、登場してくれるモンだぜ。 コレで、殴って下さい、と言わんばかりじゃないか。 よし、よし・・ コッチ来いや。

 僕は、死神から、バットを引ったくると、有無を言わず、ヤツの後頭部をフルスイングした。

 沈黙して、床に転がる死神の上にバットを放り投げると、僕は言った。

「 ・・大王。 僕は、どうすりゃ、いいんだ? 」

 大王は、パソコンチェアーに座ったまま、足元に転がっている死神の肩を、足先で突付き、生死を確認しながら言った。

「 今、人間界にある天野様の、体の状態を検索しております。 天国人事課の話では、蘇生出来るようなら、人間界にお戻しした方が良いのでは? との事です 」

 何と・・! 戻れるのか?

 そりゃ、そうなった方が良いかもしれんが・・ 天国で、キレーな姉さまたちと、優雅に、お茶を飲むのも良いかと・・・


 ・・・まてよ・・?


 僕は、ふと思った。

 もし、天国の姉さまたちが、アニータと同類、もしくは、同水準であったら、どうしよう? 更には、水準以下だったら・・・?

 そうなったら、優雅に、お茶を楽しむどころの騒ぎではない。 場末の、ひなびた売春宿状態だ。 想像するだけでも、恐ろしい。

 ・・多分、薄暗く、湿った畳の上に、あちこちに破れがあるビニール張りのソファー( 黄色 )があって、そこに、世にもおぞましいアニータ水準の妖怪が、醜い肌をあらわにして座っているのだ。

 『 あら、ボーヤ 』なんて言われて、天然痘や、ツベルクリン反応のBCG処置痕が残る、ぶよぶよの、張りの無い腕を絡ませて来るのだ。

 帰りたい気持ちが沸騰し、瞳孔が開いたままの、僕の目・・・・

 塗りたくったファンデで、顔だけ白い妖怪の笑顔に、チラチラと点滅する蛍光灯の灯りが反射し、銀歯が、冷たく光るのだ・・・!


 自分で、勝手に想像した光景に、ぞぞっ、と寒気を覚え、身震いしながら僕は言った。

「 生き返るのも良いかもしれんが・・・ どうしようかな? やっぱ、天国行きも、捨てがたいもんでね 」

 閻魔大王は答えた。

「 どちらを選ぶかは、天野様のご自由です。 いかがされます? 」

 天国の連中の、知能指数も問題である。 なにせ、ココの連中は、ピテカントロプス並だ。 北京原人も真っ青、ってカンジである。 天国なのだから、まさか、ココより下品な事は無いだろうが、先程の想像通り、もしも、という事もある。

「 う~ん・・ どうしようかな 」

 僕が事故に遭ってから、3日だ。

 火葬にされてたら、一巻の終わりだが、ヘタすると、葬式の真っ最中、棺おけの中からコンニチワ、てなコトに成りかねん。 それも、ヤだな。 週刊誌に騒がれ、ワイドショーのテレビクルーに追い回される事になるのは、必須だ。

「 とりあえず、体がどうなってるのか、検索してくれよ 」

 僕は、大王が操作しているパソコンのモニターを見ながら、言った。

「 分かりました。 ・・あ、出て来ましたね。 どうやら、大きな総合病院に保管されているようですよ? 大丈夫なようです 」

「 葬式前か・・・ ん? 何で、3日も保管されてるんだ? 死後硬直しちまってるんじゃないのか? 」

 僕の問いに、モニターを見ながら、閻魔大王は答えた。

「 脳死と、判定されていないようですね・・・ いわゆる、植物人間状態のようです 」

 これは最大に、思案のしどころだ。

 今のところ、現世の僕は、意識不明のまま、昏睡状態だ。 ココに転がっているアホに行かせて、魂の尾を切らせ、晴れて天国行きとなるか、生き返るか・・・ それとも、ここに残って、アホと暮らすか・・・

 それは、イヤだ。 3つ目の選択肢は、削除しよう。

 天国行きか、生き返るか・・・ 僕は、大いに悩んだ。

「 ここにある、現世観察機で、見て来ます? 」

 CTスキャンのような機械を指差しながら、閻魔大王が提案した。

 何と、現世に行けるのかっ? 凄いじゃないか! 可能ならば、是非、そうさせてもらいたいものだ。 本当に、体に不具合が無いか、この目で確かめたいし。

 閻魔大王は続けた。

「 3時間ほど、霊魂として、行って頂くことになります。 人間には、見えません。 ただし、現世界のものに、触れる事は出来ませんよ? 時間が来たら、自動的に、ここに戻されます 」

 幽霊に、なれるのか・・・! そりゃ、ますます凄い。 しかも、体験幽霊かい。 まさか、金取るんじゃないだろうな?

 僕は言った。

「 ・・よし! 行かせてくれ! 状態が良ければ、現世に戻るよ。 あちら( 天国 )さんには、そう言っておいてくれるかい? 」

「 かしこまりました。 では、3時間ほど、現世を見聞して来て下さい。 戻って来られたら天国行きか、蘇生かを、選んで下さいね。 天国行きの場合、大至急、死神クンに魂の尾を切ってもらって、天国便にお乗り下さい 」

「 やっかいになるぜ・・! 」

 早速、僕は、機械の上に横になった。

 すると、閻魔大王が、大きな紙コップを持って来て言った。

「 これを飲んで下さい。 イチゴ味ですから、飲み易いですよ? 」


 ・・・バリウムじゃねえか? これ。 オレは、胃潰瘍患者か。


 閻魔大王は更に、小さなコップに入った、顆粒を持って来た。

( もしかしてコレは・・・! )

 閻魔大王が、ニコニコしながら言う。

「 一気に、飲んで下さい 」


 ・・・やはり、炭酸だった。


 お腹の中で、猛烈に膨れ上がる。

 閻魔大王が、片手をかざして、僕に言った。

「 ゲップしたらダメですよ~! したら、もう一度、飲んでもらいますからね~? いいですかあ~? 」

 幽霊になるのと、どういう関係があンだ? これ。 なあ?


 やがて機械が作動し、目の前が暗くなって来た。

 閻魔大王の声が、段々と、遠くなって行く。

「 ・・あ、言い忘れましたけど、現世は、12年後ですからね? 地獄界の1日は、現世では、4年なんです。 それでは、良い旅を~ 」


 なっ・・ 何ぃ~ッ?

 おい、ちょっと待てッ! 今、何てった? 12年だと? サントリーローヤルじゃあるまいし、そんなん、はよ言わんかいっ! 竜宮城か? ここはっ!

 ああ・・ 幼い頃の記憶が・・・・


 幼稚園の頃、上グツを無くして泣いている、僕。

 小学校の遠足の時、弁当を忘れて、公園の水をがぶ飲みしている、僕。

 中学の時、初めてもらったバレンタインのチョコを、悪友に横取りされた、僕・・・


 くそうっ! ロクな思い出しか、ねえじゃん。 こんなんだったら、生き返っても仕方ないな。

 ・・・だったら、いっそ、天国へ行くか?

 今なら間違いなく、僕は天国へ行ける資格があるのだ。

 くだらん現世に戻って、どうする? どうせ、何の変哲も無い人生が、待っているだけだ。 テキトーに就職して、テキトーに結婚して・・・

 自暴自棄になって、罪人になるかもしれない。

 そうしたら今度は、地獄行きだ。 いつか、あいつらに会う日が来るかもな。

 そんときゃ、客人じゃない。 あのパンフレットにあった、石臼地獄行きかも・・・ 極上の苦しみを体験出来ますよ? とか言われて。

 昔のよしみで、温情かけてくれるかな?

 ・・いや、あいつらの事だ。 絶対、ありえんな・・! 特に、サンダスなんぞは、ブッチと画策して、ナニするか分からん。 地獄界の平和制定に、一役買ってやったのに、そんな恩など、すっかり・しっかり・きっかり、忘れてやがるだろう。 間違いない。

 じゃあ、やっぱ、天国行きを選択した方がいいのか・・・?


 ・・・それにしても、12年後かよ。 そんなにも長く植物人間で、大丈夫なのか、僕の体は? 実年齢は、三十路じゃねえか・・・


 色々な、妄想にも似た想像が、頭の中を走馬灯のように駆け巡る。

 やがて、僕の意識は、サンダスにもて遊ばれた時のように、真っ暗な闇の中に落ちていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る