第15話、講和会議にて

 行き詰まるランチのあと、ヘリから閻魔大王がお出まし、のたまわった。

「 それでは、地獄正規軍と辺境軍の、第1回講和会議を開催致します 」


 ・・・いつ、停戦協定が結ばれたのだろう? 僕、もう、君らの言動には、ついていけんわ・・・


 閻魔大王を議長とし、両軍の首脳たちがビリヤード台に列席し、会議は始まった。

 閻魔大王が、式次第を読み上げる。

 ・・ねえ、その式次第、ダレが作成したの? いつ?

「 閣僚級会議での、合意内容の確認ですが・・・ 」

 また聞いても、いい・・? いつ、そんな会合がもたれたの? 閣僚って、誰? 豆?

 僕は、隣の席座っている豆を見た。 ほっぺたには、ケチャップが付いたままだ。

だいたい、コイツは、単なるコックのはずなのに、何で、この席にいるのだろう・・・?

 閻魔大王は続ける。

「 各、武装勢力領域を廃し、お互いに両軍は、相手の領域を侵略すべからず。 相対して、お互いの文化・習慣を犯さざるべし。 これに、両軍とも同意ですね? 」

 ブッチ将軍が、ふんぞり返って答えた。

「 その定義に追加として、そちらの美女、1ダースを献上願いたい 」

 サンダスが無言で、357マグナム( 6インチ:ショートバレル )を、机の上にゴトッと置く。

「 異議、ありません 」

 ブッチ将軍は、即座に答えた。

 閻魔大王は続けた。

「 では、国境の制定ですが・・ 逆落とし谷を挟んで、という案で、宜しいでしょうか? 」

 また、ブッチ将軍が口を挟んだ。

「 逆落とし谷には、バアちゃんの墓がある。 針山からにして欲しい。 墓参りすんのに、パスポートが要るんじゃ、面倒くさくてかなわん 」

 サンダスが、憎悪の表情でブッチ将軍を睨み、言った。

「 お前のバアちゃん、昨日、ウチの本部の購買まで、買出しに来とったが・・・? 1日で、墓まであんのか? ああ? 」

「 逆落とし谷からで、全然、結構です 」

 ・・・即座に答える、ブッチ将軍。 コイツは、相当な、イカサマ師らしい。

 閻魔大王が言った。

「 ブッチ将軍、これは正規な会議です。 発言は、慎重にお願いしますね 」

 ブッチ将軍が答える。

「 はあ~っはっはっは! ガキが、偉そうに、何か言うてはるわ 」

 サンダスが、マグナムの撃鉄を、チキッとコッキングした。

「 以後、思いっ切り慎みます 」

 再び、即座に返答するブッチ将軍。

 ・・ヘタな漫才を見ているよりも、はるかに楽しい。

 講和会議だと言うのに、こちらは武器所持というところが、何とも怪奇である。 ペリー来航より強引かもしれない。


 閻魔大王は、次の議題に移った。

「 では、こちらからの質問ですが、私共の科学者や有識者を拉致して、核兵器を開発しているというウワサは、事実ですか? 」

「 全く、ありません 」

 ブッチ将軍が、そう答えると、グレース大佐が、資料を出して言った。

「 ここに、拉致者のリストがあります。 私の特殊部隊が潜入し、救出した者もいれば、捕虜として連行した貴殿の兵士の証言もあるが・・・? 」

 グレース大佐の話しを聞いたサンダスは、再び、無言のまま、マグナムに手を掛ける。

 その状況を見て、ブッチ将軍は、即座に訂正をした。

「 いっぱい、連れて来てます。 ごめんなさい 」

 閻魔大王が言った。

「 即刻、釈放して頂けますね? 」

「 1人あたり、1億、もらおうか 」

 サンダスの横に座っていた獄長が、いきなり短刀を抜いて、テーブルにドカッ、とブッ刺した。

「 大至急、お返し致します・・! 」

 刃物も持ってたのか・・・ 何でもありだな、君ら。

 閻魔大王は続けた。

「 そちらからの要望は? 」

 しばらく考えてから、ブッチ将軍は答えた。

「 とりあえず、皆、仕事が無い。 石臼地獄か、カマゆで地獄辺りに、仕事は無いモンかねえ・・・ 」

「 人事課長、どうですか? 」

 閻魔大王は、課長に尋ねた。

「 いいですよ? 逆落とし谷でも、従業員が足りませんから。 こちらとしても、助かりますなあ 」

 そう答えた課長に、ブッチ将軍が尋ねる。

「 時給は? 」

「 850円です 」

「 そりゃ、安い。 もうち~と、色を付けれんか? 」

「 では、920円 」

「 もう、ひと声! 」

「 950円 」

「 1200円で、どうだ? 」

 サンダスが、マグナムのシリンダーを、キリキリッと回す。

 それを見たブッチ将軍が、言った。

「 950円で、いいです。 良い時給ですね。 はっはっは! 」

 課長が、付け足して言った。

「 食事は、付きますからね? 」

 ブッチ将軍が尋ねる。

「 メニューは、日替わりかね? 」

「 たいていは、まかない食です。 汁と漬物は、付きますが? 」

「 デザートが無いのは、失礼じゃないかね? 君ィ 」

 ブッチ将軍の要求に、課長は、閻魔大王の方を見て尋ねた。

「 ・・いかがします? 閻魔様 」

 閻魔大王は、ニコニコしながら答えた。

「 いいじゃないですか、デザートくらい 」

 ブッチ将軍が、嬉しそうに言った。

「 さすが閻魔様だ。 それでこそ、停戦合意した価値があるってモンよ。 ・・で、シャワー室なんかも、使わせてくれるんだろうね? 」

 再び、段々とふんぞり返りながら、ブッチ将軍は要求した。

「 いいですよ 」

「 サウナは? 」

「 どうぞ 」

「 ランドリーは? 」

「 構いませんよ 」

「 足裏マッサージは? 」

「 ・・・サンダス君・・ 」

 指を鳴らして呼ばれたサンダスは、既に、ブッチ将軍のこめかみに、357の照準を合わせていた。

「 シャワーだけで、いいっス・・・! 」

 慌てて、キチンと座り直しながら、ブッチ将軍は言った。

 閻魔大王が、締結書類を出す。

「 では、グレース大佐、ブッチ将軍。 人間界からのご来賓である天野様の立会いのもと、書類に捺印して下さい 」


 ・・僕は、いつの間に来賓になったんだ?


 ともあれ、ここに、地獄界の平和統一は無事、成された。 僕は、歴史的瞬間に立ち会った事になる。 天国への、良いみやげだ。 一時は、どうなるかと思ったが、何とか無事に事は運んだようだ・・・

 友好の証しとして、ブッチ将軍は閻魔大王宮殿に招待される事となり、調印式のあと、グレース大佐のヘリで、僕ら一行と同行する事となった。


「 賽姫殿~・・! ご無事で、何よりでした! 」

 賽姫を奪還したサンダスは、いたくご機嫌である。

「 サンダス殿。 私の身を案じ、このような遠方までおいで頂き、有難う存じます。 閻魔様や天野様、獄長様・課長様まで・・・ 」

 賽姫の言葉に、課長が答える。

「 いやあ~、姫。 お安い御用ですよ! はっはっは! 」

 ・・・お前は、元々、捕虜だろうが。 保護した関係上、仕方なく連れて来たやったんだぞ? ナニ、威張っとるんだ。

「 ほええ~っ、こんなんが、空を飛ぶんかえ? 」

 講和条約が成立した為、武装解除した元 辺境軍の鬼共が、ヘリの周りに集まって来た。

「 あの、上に付いとる、でっかいヘラみたいなヤツが、回るんだとよ 」

「 中で、回しとるんと違うか? ご苦労様なこっちゃのう・・・! 」

 パイロットが、無線で交信する。

「 ただ今、辺境軍との講和が成立した。 これより、講和の使者であるブッチ将軍を乗せ、基地に戻る 」

『 こちら、大本営本部。 エア・フォース1、了解した。 コースは、オールグリーン。 快適な空の旅を! 』


 ・・エア・フォース1だと? いつの間に、このヘリは、大統領専用機になったんだ?


 鬼共が、騒ぐ。

「 おいっ! 聞いたか? あの、小っこい箱ン中に・・ 誰か入っとるぞ! 今、あの若い衆が、喋っとったで・・! 」

「 小人じゃ、小人・・・! 小人がおるんじゃ! オラァ、聞いた事、あるぞ? 」

「 ホントけえ? 大王ンとこにゃ、小人までおるんか? 」

「 ああ。 何でも、機械で作っとるそうじゃ。 ブッチ将軍様が、言うとったぞ? 」


 ・・・お前らの将軍様は、アホなうえに、えれーホラ吹きだな。 早いとこ、意識改革せえ。


 僕らは、ブッチ将軍を乗せ、帰途に着いた。


「 ほおお~・・ これが、空飛ぶ箱か。 初めて乗ったわい 」

 ブッチ将軍は、初めて乗ったヘリに、いたく感激した様子である。

 後ろに座っている賽姫に、話し掛ける。

「 なあ、賽姫殿。 今度は、わしの別荘にも来て下され。 罪人の放し飼いも、しとるでよ。 面白れえぞ? 」

「 有難う存じます。 お招き頂いたその節は、どうか宜しく、お願い致したく存じます 」

 にこやかに答える、賽姫。

 サンダスが、後ろから言った。

「 賽姫殿は、人間なんだぞ? 罪人の放し飼いなんか見て、喜ぶかよ。 低脳族が・・・! 」

 ブッチ将軍が言った。

「 姫。 ヤツは、粗野でいけませんなあ。 誰か、もっと良い侍従を付けて頂かにゃ~と 」

 ムカっと来たサンダスが、言う。

「 下品な盗賊連中の親玉に、言われるスジはねえぞ? 」

「 これが、国賓に対する態度かねえ。 まったく・・・ 姫。 アホは、放っといて、お忍びで来て下され 」

 ホルスターからマグナムを引き抜こうとするサンダスを、ウエイドたちが、必死になだめる。

 賽姫が言った。

「 ブッチ将軍。 サンダス殿は大変、私に、親切にして下さいます。 本当は、とても、お優しい方なのですよ? お駕籠を担いで、お世話して下さる4人の方も、とても良くして頂いております。 賽は、幸せ者で御座います 」

 サンダスとウエイドだちは、だらしない顔で、デレデレしている。

 美女と野獣とは、この事か。 7人の小人か、白雪姫のような気もするが・・・?

 ブッチ将軍は続けた。

「 姫には、もったいのう~ ワシんトコの親衛隊の連中の方が、もっと勇敢ですぞ? カミナリくらいじゃ、怯えませんからなあ。 はっはっは! 」

 ・・・雷が、基準かよ。 その割には、ヘリの爆音に驚き、クモの子を散らすように、右往左往していたが?

 サンダスが言った。

「 姫に仕えるには、もっと知能的なヤツが適任なんだよ。 野蛮人が・・・! 」

 お前が言うな。

 ブッチ将軍は、フン、と鼻先で笑うと、サンダスを無視して賽姫に言った。

「 しかし、ギリシャ神話のビーナスを彷彿させるような姫の侍従が・・ あのような、アホのサンダスでは・・・ 姫の格式が、落ちますぞ? 」

 ・・・ビーナスは、ローマ神話だ、たわけ。 ギリシャ神話を持ち出すなら、アフロディーテだろが。 混同するな。

 だいたい・・・ ここは地獄だぞ? 神話の話しなんかするか? フツー。

 ブッチ将軍は、更に博学なところを、姫にアピールした。

「 リンゴの皮をむいて置いとくと、赤くなりますよな? 姫。 アレと一緒でしてな・・・ アホといると、クエン酸と酸素が反応して赤くなるように、姫までアホになりますぞ? 」

 サンダスは言い返せず、猛烈に、ムカムカ来ているようだ。

 仕方ない。 助けてやるか・・・

 僕は、頬杖をついて窓の外を眺めながら、ぼそっと言った。

「 ・・・リンゴが赤くなるのは、ポリフェノールが酸素と反応するからだよ? 」

 ブッチ将軍は、じっと僕を見ていたが、やがて、ため息を尽きながら言った。

「 ・・ま、どっちにしろ、細菌性ウイルス O―157みたいなモンさ。 健康体まで病気になっちまうでよ。 姫は、オレらが隔離しといた方が、いいんだて 」

 そのまま外を眺めながら、再び、僕は呟いた。

「 ・・・ O―157は、病原性大腸菌 」

 パイロットが、操縦席で、プッと笑う。

 じっと、僕を見つめる、ブッチ将軍。

 僕は続けた。

「 ・・ついでに、さっき出て来たビーナスは、ローマ神話。 ギリシャ神話じゃないよ? 」

 ブッチ将軍の方を見ると、彼は、真っ赤な顔をしていた。 額には、妙な汗が浮いている。

 僕は続けた。

「 君も、キプロス島の王のように、象牙の女像に恋したら? アフロディーテが、奇跡を起こしてくれるかもね・・・! 」

 意味が分からないらしく、ブッチ将軍は、更に顔を紅潮させた。

 分からなきゃ、自分で調べろ。 たまには、本を読め。

 反対に、サンダスは、してやったりの様子である。 ブッチ将軍の後ろの席で、声を出さず、やーい、やーいと、指を差して喜んでいる。

 ・・・お前も、一緒だ。 脳みそスポンジ男が! 狂牛病は、お前が広めたんじゃないだろうな・・・?

 それきり、ブッチ将軍は、おとなしくなった。


 閻魔大王の宮殿に着くと、死神が出迎えに来ていた。

「 お帰りなさい! いいなあ~、ヘリに乗って地獄めぐりかあ~ 僕も、行きたかったなあ~ 」


 ・・・叩き殺してやろうか、お前。 もう1度、洗面器、被るか? それとも、ウエイドに、ワケ分からんモノ、注射してもらおうか?


 閻魔大王が、死神に言った。

「 死神クン。 天野様が明日、天国便にて、お帰りです。 粗相の無いよう、お供して下さいね 」

 要らんって! 大ちゃん。 1人で、充分だっちゅ~の。 コイツと一緒だと、ナニが起きるか分からん。

「 いいよ、大王。 見送りも要らないからさ。 それより、天国便、キッチリ予約しておいてくれよな? 死神も、忙しいだろうし・・・ 」

 僕が遠慮すると、閻魔大王は言った。

「 そうですか。 では、サンダス君に行ってもらいましょうか 」

 ・・余計に、要らんわっ!

「 気を使わなくても、いいよ! 1人で行けるからさ 」

 いきなり、サンダスのブッ太い腕が僕の首に巻き付けられ、ナゼか、必殺のチョークスリーパーが始まった。

「 兄貴ィ~! お別れなんて、オレ・・ 寂しいっスぅ~! 」

 オレは、寂しくないっ! 放せっ! いい加減、意味のねえ行動を慎まんか。 最後まで、こうか? お前は! さっきヘリの中で、助け船を出してやったのに・・ 恩を仇で返すどころか、お釣まで来るわ! しかも、全部、小銭でな。 ああ・・・ 意識が・・・・!

 ブッチ将軍が言った。

「 ふう~ん・・ 人間とのコミュニケーションは、こうやってやるんか 」

 ・・ンなはず、ないだろが! コイツは、異常なんだよっ! アドレナリンが逆流して、脳細胞が壊死してんだよ! お前も、ちい~とは、脳を使って情況判断をせえ、アウトラロピテクスが!

「 兄貴、兄貴ィ~っ! オレ・・ オレ・・・! ぬううんっ・・・! 」

 ぬううんっ、じゃ・・ ねえ・・・ この・・・・ ボケ作・・・・・・ があぁ~・・・・・・・ !

 いつの間にか、満身の力を込め、サンダスは、僕を攻めていた。

 アホは、加減を知らない。


 僕は、スリーカウントを待たずして、堕ちた・・・・

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