第8話 三成・家康
慶長5年(1600年)9月22日、石田三成は大津城で徳川家康と対峙していた。関ヶ原の戦いに敗れた三成は天下を騒がせた罪人として、家康は天下を統べる覇者として。三成はボロの着物を着させられ後ろ手に縄で縛られ茣蓙の上に座らされていた。
気分はどうだ? 三成
いいわけないだろう 太閤の天下を盗む罪人め
そうか、わしは罪人か では、罪人同士の面会というわけだ これは
厭離穢土欣求浄土が聞いて呆れるわ あの旗印はただの飾りか?
飾りではない 心からそう願っておる
よくもおめおめと……
小牧長久手の戦で、わしが優勢であったにも関わらず、なぜ太閤に天
下を譲ったと思う?
あの戦で勝ったとしても、いずれ太閤に負けると思ったからだろう
そこがお主の敗因よ 太閤の側でなにを見てきたのかのぅ お主はひ
との心というものがわかっておらぬ
貴様は武士(もののふ)の心がわかっていない
武士の心か では聞くがこの国は武士だけしかおらぬのか? そうで
はない この国に住んでいる多くが民百姓よ それを抜きにして国造
りは成り立たぬ
民百姓のために天下を譲ったというのか
そうよ その通り
詭弁を弄すな
戦が長引いて困るのは結局、民百姓 しかも、お主の言う武士たちの
心もみな太閤に靡いていた そこでわしは太閤と杯を交わし、太閤の
臣下に下る決意をしたのだ
ならば、それを全うしろ
臣下に下るのは太閤が生きている間のこと 太閤亡き後まで臣下でい
る約定などしておらぬ
まだ詭弁を弄すか
お主にしろ、兼続にしろ、幸村にしろ、どうしてそうも武士にこだわ
るのかのぅ
貴様も武士ではないか!
わしは武士である前に、ただのひとだ そこがお主との違いよ ひと
たることを等閑にしてきたお主がわしに負けたのは言わば必定よ
抜かせ
ところで、小柄はいまどこにある?
小柄?
役小角の小柄のことよ
わははははははは そういうことか あんな物に興味があるとは確か
に貴様はただのひとだ
お主はなぜ関ヶ原で小柄を使わなかった? お主にも見えていたので
あろう? 小柄の発する光が
あぁ、見えていた だが、あんなものを使わなくとも貴様に勝てると
思ったわ
さすが武士よ 誉めてつかわそう
ふん もしあの小柄が貴様の手元にあったなら、使ったのだろう?
いいや
嘘をつけ! ならば、なぜ小柄の行方を気にする?
あの小柄は世を乱す危険がある それだけの理由よ
くだらぬ言い訳を
太閤と酒を酌み交わしているときにな 太閤が小柄をわしに見せたの
じゃ 小柄の発する光にわしが驚くと太閤は喜んでな 2人でそれを
眺めておったところ、不思議な絵巻がわしらの目の前に現れてな 役
小角の小柄に纏わる歴史を見たのだよ 古代から今に至るまで幾人も
の英傑たちの手にあの小柄が亘ってきた だが、誰ひとりとしてあの
小柄を私利私欲私怨のために使ったものはおらなんだ 小柄の力に魅
入られ邪心を起こした者は惟任日向守、ただひとり 当然の如く、身
を滅ぼしたがのぅ 絵巻には太閤がなんとかして右府殿と惟任の両方
を守ろうとして腐心した様まで描かれておった 太閤はたいそう照れ
ておったがその姿が愛嬌たっぷりでな わしは太閤が生きている間は
臣下でいることに決めたのだ だが、秀頼君の臣下にまでなるつもり
は毛頭ない その筋合いもない わかったか
わからぬな
筋金入りの頑固者よ まぁ、よい 秀頼君は小柄の光が見えるのか
な?
さぁな 貴様が確かめてみればよかろう
仕方が無い そうさせてもらおう
貴様がどんな言い訳をしようと、秀頼様を討てば逆賊よ 貴様になん
の大義名分もありはしない それでも討つのか?
今は討たぬ 公平ではないからな 元服するまでは待つ 天下人たる
資格があるかどうかこの目で見極めてやろう それまでにわしが死ね
ば秀頼君の勝ち わしが生きておれば秀頼君の天運がなかったことに
なる あの世から太閤と眺めておれ
言うに及ばず
よかろう
そこで2人の会見は幕を閉じた。その後、三成は大坂、堺を引き回され、京に移された後、斬首され、その首は三条河原に晒された。その目はなにをどうやっても閉じることはなく天を見つめたままだった。
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