第2話 清盛

 役小角の小柄が再び歴史に顔を出すのは、小角の生きた時代から5世紀も経た平清盛の時代である。

 保元元年(1156年)7月。保元の乱が起こる。鳥羽法皇が崩御すると崇徳上皇と後白河天皇の対立が露になった。上皇方には貴族の藤原忠実、藤原頼長、武士から平家弘、平忠正、源為国、源為義、源頼憲などが集い、天皇方には貴族の藤原信西、藤原忠通、武士からは源義朝・源義康、源頼政、源重成、源季実、平清盛、平信兼、平維繁などが集った。上皇と天皇は兄弟、藤原忠通と藤原頼長も兄弟、忠実は忠通、頼長の父、平忠正は清盛の叔父、源為義は義朝の父という、天皇家、藤原家、源氏、平氏それぞれの家中で骨肉の争いが展開された。

 保元の乱以前、忠実は頼長を溺愛していたために、忠通との争いが絶えなかった。忠通は藤原摂関家の氏長者、即ち、宗家の嫡男であったが、忠実が子飼いの武士に命じて忠通の住まう摂関家正邸を襲わせ、代々伝わる宝物を奪い、忠通の氏長者の地位も剥奪して頼長に与えてしまった。その際、頼長は忠実から藤原家に代々伝わる役小角の小柄を受け継いでいた。しかし、その力を使いこなす能力はなかった。

 保元の乱は後白河天皇方の勝利に終わる。乱後、頼長は奈良に逃げた父・忠実を頼るが拒否され行き場を失った。流浪の末、頼長は京を脱出する際に受けた矢傷がもとでこの世を去る。

 一方、藤原信西は頼長の行方を執拗に追っていた。目当ては役小角の小柄である。信西は藤原家傍流の出ではあったが役小角の小柄の由縁は聞き及んでいた。頼長の遺体は奈良の般若野、現在の般若寺坂の東側付近に葬られていたが、信西はこれを掘り起こし、ついに遺体とともに埋葬されていた小柄を手に入れた。信西の目には小柄の放つ妖しい光が映っていた。

 信西は乱後、大いに勢力を伸ばした。しかし、己の息子たちを政務上の要職に就けたばかりか、強引な政治の刷新が旧来の院近臣や他の貴族の反感を買うこととなった。保元の乱から3年後の12月9日、再び天皇家、貴族、武士を巻き込んだ乱が勃発する。平治の乱の始まりである。

 反信西派である藤原信頼と源義朝が院御所である三条殿を襲撃した。役小角の小柄を用いて、この襲撃を事前に察知した信西は逃亡を図った。しかし、信西は貴族であり自ら兵を持たなかった。この時、頼るべき平清盛は遥か熊野詣に出かけており京を留守にしていた。12月14日、三条殿が落ちたことを知った信西は清盛による救出が間に合わぬと観念し自害して果てる。反信西派の源光保は信西の首を掻き落として京に持ち帰り獄門に晒した。

 源義朝の嫡男・義平は直ちに清盛を討ち取るよう信頼に進言したが、信頼はこれを赦さなかった。信頼にしてみれば、嫡男・信親の妻は清盛の娘で姻戚関係にあることから清盛が信頼の味方につくものと思っていたからである。

 信頼は政権を手にしたものの義朝の武力を背景に独断専行に走り過ぎ、三条殿襲撃から月も変わらぬうちに人望を失った。

 12月25日早朝、清盛は信頼を訪れ、恭順の意を示した。しかし、その裏で清盛は天皇奪還の策謀を巡らしていた。内裏に幽閉されている二条天皇を脱出させ、六波羅にある清盛の屋敷に保護するのである。その夜、天皇脱出の計画を知らされた後白河上皇はすぐさま自力で仁和寺に逃れた。明けて丑の刻、二条天皇は内裏を脱出し清盛邸に移った。これにより平氏は官軍となり、信頼・義朝の追討宣旨が下されることになる。

 内裏が戦場になることを好まない清盛は敵を六波羅におびき出す作戦に出た。まず、重盛、頼盛を出陣させ、適当に敵をあしらいながら頃合いを見て兵を六波羅に退いた。この間に、源光保、光基、頼政が官軍に寝返っている。源氏には悪源太と異名を持つ猛者・義平がいる。悪源太・義平は平氏の策にかかり六波羅に軍を押し出した。

 ちょうどその頃、平氏本陣を訪ねてきた僧がおり、清盛に面会を求めてきた。戦時中に何事かと清盛は拒んだが、信西ゆかりの者だと告げられて気が変わった。清盛が会ってみると、僧は信西の郎党・藤原師光である。信西亡き後、出家し西光と名乗っているらしい。清盛はよくぞ生きていてくれたと喜びを露わにする。挨拶もそこそこに西光は小柄を取り出し、信西の遺言により藤原家の家宝・役小角の小柄を届けに来た旨を告げた。小柄の由来と効力も清盛に伝えた。「但し、小柄が発する妖しい光を見る能力がなければ、この小柄を扱うことはできない」と忠告を与え西光は去った。清盛は小柄に目を凝らしてみた。しかし、小柄から発せられているはずの光を見ることはできなかった。

 敵の放つ矢が本陣に飛び込んで来るやいなや一気に騒がしくなった。悪源太が門を突破したのだ。悪源太が大声で名乗りを挙げている。それを聞いた清盛は憤慨し、鎧、太刀、弓矢、全身黒ずくめの出で立ちで馬に乗り、大将自ら悪源太のいる門に向かった。これに驚いた郎党たちも清盛に続いて門に押し出た。騎馬兵、歩兵が入り乱れての乱闘である。源平双方、互いの戦術・戦略、手の内を知り尽くしているため、なかなか勝負が着かず膠着状態となった。

 清盛は早期に決着をつけたいが思うように敵を押し戻せない。悪源太はよく戦い、自軍が敵軍に囲まれそうになると一方二方を打ち破り、効果的に兵を失うことを防いだ。清盛も塗込籐の弓を手に取り矢を必死で射つ。しかし、なかなか悪源太に迫ることができなかった。一方、清盛の位置を確認した悪源太が細身の長槍を手に取り、清盛目がけて放ってきた。槍は清盛の馬の鼻先を掠めて地に突き刺さる。これに驚いた馬が前足を跳ね上げた。そのとき、清盛の懐にあった小柄が転がり落ちてしまった。信西の形見ではあったが今は構っている暇はない。捨て置こうとしたところ、小柄から霧のように妖しげな光が発せられていることに清盛は気づいた。急ぎこれを拾うように側にいる郎党に命じた。小柄を懐に入れ直した清盛は再び弓を手に取り矢を番える。矢尻に青白い炎が灯る。その矢を敵武将に向けて次々と放った。射かけられた敵武将は一瞬にして燃え上がり、炭と化した。次々と燃え尽きる武将を目の当たりにした源氏軍は総崩れとなり、退却を余儀なくされた。

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