違和感、ねぇ

@senakalove

違和感、ねぇ

スマホをいじる彼女をぼんやりと眺めていて、不意に、自分の中にあった違和感の正体に気づいた。そうだ、今日の彼女はスマホカバーをつけていない。どれだけ技術が進化して、軽量化されようと、薄型になろうと、彼女のようにスマホカバーをつけて本来の3倍ぐらいの厚さにする人間は絶えないのだ。考えてみれば、彼女の部屋で見かけた過去のガラケーだって、どれもこれも分厚かったじゃないか。同じ時代にガラケーを持っていた僕からしたら考えられないぐらい分厚いものもあって、実は年齢詐欺をしているんじゃないか?と一瞬考えてしまったぐらいだ。

そんな、携帯とは分厚いものである、と思っていそうな彼女が今日はスマホカバーをつけていない。汗をかいてビチョビチョになったグラスを傾けて、一緒に僕の首も傾ける。

「スマホカバーどうしたの?」

聞いてみた。彼女は一拍おいてスマホから顔を上げ、ああ、これ?と裸のそれを振った。「熱くなったから外したの」「ん?厚いのは前からじゃなくて?」僕の2つ目の質問を彼女は「ゲームのしすぎで、ホッカイロになってたの」笑った。厚いんじゃなくて、熱いのね。なるほどなるほど。アプリゲームをほとんどしない僕には、スマホがホッカイロになるほど熱を持った経験がない。そんなに熱くなるのか、スマホって。というか、そんなに熱くなるのか、スマホゲームって。

「だから、外したの」

彼女の視線がスマホに戻った。そう、だから最近は連絡が遅いの。スマホゲームに夢中だもんね。仕方ない仕方ない。「そっか」と答えながら僕は半分水になっているコーヒーを飲む。彼女の頼んだホットコーヒーはもう生ぬるいコーヒーになってるんだろうな。席について一口飲んで以降、手がつけられていない。僕もなんかやろうかな。心の中のつぶやきのつもりだったが、それは口から飛び出していたようで、彼女のパッと明るくなった目と目が合う。

「わたしが今やってるやつオススメだよ。会社の人に勧められて始めたんだけど、すごい面白いの」

スマホの画面を見せてもらうと、美少女やイケメンがよくわからない生き物と戦っていた。絵柄がかわいいし、なんかぬるぬる動いているし、あんまり難しくなさそうだし、でもさ、ねえねえ、その会社の人ってどんな人なの?キミの会社って9割男性だよね。

この質問は口から出なかったらしく、彼女はテーブルの上に置いていた僕のスマホを慣れた手つきでロック解除し、ダウンロードの準備を進めている。

僕はその姿をぼんやりと眺めながら、この後観る予定の映画のことを考えていた。今話題のハリウッド映画で、僕も彼女も、過去の傾向だとあまり興味を示さない種類の映画。世界がバーン、地球がドーン、主人公は愛する人を守れるのか!?みたいな。確かそれも、会社の人に勧められたって言ってたね。

氷が溶けてなくなったアイスコーヒーは、なんとかコーヒーの顔をしているが、コーヒーらしさはほとんどなくなっている。じゃあなんなんだ、と問われると、コーヒーだなぁ、と自信なく答えるぐらいのコーヒー。よくわからないけど、とにかくこれはコーヒーなのだ。そう、僕と彼女だってよくわからないけどカップルで、彼氏彼女の関係なのだ。

ずごご、と音を立てて飲み干すと同時に彼女が僕のスマホを返してきた。「パスワードよろしく」「はいはい」なんかもう考えるのめんどくさいから、後回しにしてもいい?そんなことしてると、すーぐ時間だけが経って、いつの間にか後戻りできないところまでいっちゃうのは過去の経験上よーく知っている。知っているんだけど、なんかもう、今、この瞬間、考えたくない。

だってほら、彼女が「ガチャやったら結果見せてね」こんなにもキラキラとした、とんでもなく僕好みのかわいいかわいい目で見てくるし。もういいんじゃないかな。

もう、どうでもいいんじゃないかな。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

違和感、ねぇ @senakalove

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る