第6話
「あれは、中学の時の話…。うちの子は内気で、友達ができてなくて…」
*
「うぅ…今日も友達できなかった…」
「もう…頑張って!明日にはきっとできるわよ!」
「そのセリフ昨日も聞いたよお」
「あ、あはは…ごめんね…」
私はいつも通り、友達ができないと悩むあの子を励ましていた。
そこに通りかかったのが__朝霞くん。
朝霞くんが蹴ったボールが私達の前に転がってきたのが出会いだった。
「あーっ!!!」
「?」
コロコロと転がってきたサッカーボールをあの子が拾った。
「わっりー!思ってたより大きく飛んじゃってさ!」
「あ、ううん…。だ、大丈夫…」
あの子はおどおどと手に持っていたサッカーボールを朝霞くんに渡す。
「…お?そのバッチ俺と同じ中学だぜ!」
「え…?そうなんだ」
あの子は自分の胸に付けている学生バッチに目を向ける。
「お前名前は!?俺は朝霞!あと何組だ!あ、もしかしたら先輩だったか!?」
「え、えとえとっ…僕は奏…1年C組…」
「おお!奏か!…奏?俺の幼馴染みと同じ名前か!!」
「そ、そうなんだ…?」
「よし!友達になろう!俺の幼馴染みの奏とも仲良くなれるといいな!」
「う、うん…!」
*
「普通に…友達になったんじゃ、ないの?」
八代がそう尋ねると、女性はいいえ、と首を振る。
「事件が起こったのは…それから10日後だったわ。あの日は…5年前の5月5日だったわ…」
5年前の5月、5日…?
っ!その日って…!
*
私はいつも通りあの子を待っていたけど、その日は学校から出てくるのが遅くて…もう生徒が全員帰っちゃったんじゃないかってくらいの時間になっていて。
「…お姉ちゃん」
「っ!遅かったじゃない!どうしてたの…!?」
ちょうどその時に街灯がつき、私達を照らす。そこで見たあの子の姿は顔にアザができていて、腕や足には傷跡が無数にある。
一瞬でその事態を把握できた。
「まさか…いじめられて…なんで黙ってたの!?」
「迷惑、かけたくなかったから」
いつもより声がワントーンくらい低くて、何かがあったのだと察する。
「…どう、したの?」
「朝霞くん…いじめられてる僕の姿を見て逃げたんだ…。ううん。それが普通みたいに気にもとめてない様子でどっかに走ってったの」
「朝霞くんが…?」
「僕は見捨てられたんだ。もう、こんなところ来たくない」
あの子はそれっきり黙ってしまって、ついには部屋から出てこなくなった。
どこで聞いたのか朝霞くんとあなたがセントラル学院に入るっていう噂を聞いてね。
それでここまで…そして、やってしまった。
*
「なんとか私はあの子を守ろうと…!」
女性はそう言うと泣き崩れる。
「…それは、許されるべきことではない」
真綾先生が冷たい声でそう言い放つ。
女性はその言葉に真綾先生に目を向け、俺を見る。
俺は女性とは違う意味で涙を流していた。
「違う…違うんだ…」
「奏…?」
「なんか、知ってるのか?」
二人の言葉にこくん、と頷く。
「朝霞はその子がいじめられてるところを見てない…!朝霞なら、臆せず助けてくれる…!」
「なら、見てないっていうの…?それも目にとまらないほど大事な用が…?」
「その日…5年前の5月5日のこと、俺は鮮明に覚えてる…」
「どうして…」
「その日は、俺が高熱を出して学校で倒れた日だったんだ…朝霞は学校が終わってすぐ来てくれて…」
その優しさが…朝霞を殺した…!
俺は頬を伝う涙を止められずに嗚咽をもらす。
「俺があの日…!倒れさえしなければ…!」
あぁ…この歳になって号泣なんて…朝霞が見たらなんて言うだろう。
泣くな、かな。笑え、かな…。ううん。きっとどれでもない。
静かに、一緒にいてくれる。
その部屋には、俺の嗚咽だけが、響いていた。
*
あの事件からもう4年がたつ。
時が経つのは早いもので、もう俺はセントラル学院を卒業して、今日から新しい職場だ。
「よーし!今日から仕事!…ってその前にあそこに行かなくちゃ」
俺は昨日まで着ていた制服を見ながら新しい制服に身を包む。
そしてリュックと大きな花束を持ち、廊下に飛び出す。
セントラル学院の寮はそのまま社会人の寮になる。出て行ったり残ったりと様々だが俺は…いや、俺達はここに残っている。
あの後ちゃんと俺とは違う奏くんは警備隊に保護され、朝霞はちゃんと供養され、俺の両隣の部屋は空き室になった。
少し寂しいな…と、そこに一夜と八代が部屋移動してきて、その寂しさは和らいで消えていった。
「おーい!一夜!八代ー!」
もうすでに寮の門で待っていた2人に手を振りながら走る。
「む。遅かったぞ奏」
「だ、大丈夫だよ…!僕も今来たところ…!」
八代がそう言って眉を下げる。
4年前と変わらず、八代はすぐ表情に出るから嘘がわかりやすい。
随分と待たせてたみたいで、俺はごめんごめんと軽めに謝る。
「よし。行くんだろ?」
「うん!もちろん!」
俺は手に持った大きな花束を前に出す。
「これなら…喜ぶよ、きっと」
「八代がそう言ってくれるならきっと!いや絶対喜んでくれる!」
俺はそう言って歩き出す。
八代は嬉しそうに笑う。
「ふむ。にしてもあの日からもう4年か」
一夜の声に俺は苦笑いする。
「そうだねえ…あのあとずっと俺らクラス一緒だったよね。2人とも結局どこに就職することになったんだっけ?」
「俺は研究所だ」
「あれ?研究所って確かいろんな種類に分かれてたような…」
俺は記憶を巡らせながらそう言う。
「ふっふっふっ!新しくできた研究所でな。オールジャンルの研究が可能だ!」
「へー!ま、一夜なら無理やりにでも全部研究しそうだけど…八代は?」
「ぼ、僕は環境省だよ」
「いいねー!明日の天気知れるんでしょ?」
「雨降る日教えろ。本が湿気る前に保管しなくては…」
「あはは…教えられたら、ねっ」
八代はそう言って苦笑いする。
それから、談笑しながら歩き__目的の場所につく。
暖かい風に乗って桜の花が降るそこは、お墓。しかし俺の持ってる花束は一種類の花しかないから色合いにかける。
__白色の、アザレア。
「白色のアザレアの花言葉は『充分』、『あなたに愛されて幸せ』…だそうだ」
一夜の言葉に頷く。
白色のアザレアはノーザンアースではよく咲いていて…朝霞が1番、好きな花だった。
「朝霞。あの日から随分経ったけど…どう?変わりない?」
久しぶりに会う友達と話しているみたいに振る舞う。
朝霞の葬儀の日…最後にこの墓を見たのはその日だった。夢を叶えたらまたここに来ると言って、だからこうして墓を目の前にするのは4年ぶりだ。
…少し目頭が熱くなるがそれはグッと堪える。
「俺だいぶ変わったんだよ?褒めて欲しいくらいに!ま、朝霞には及ばないけどね…」
もっと、話したいこともあるんだよ。
でも時間がいくらあっても足りなくて。
俺は腕時計を見る。
「あ、時間…ほら、早く行かなきゃいけなくてさ。えと、俺、ちゃんと夢叶えたんだ」
一夜は研究所で。
八代は環境省で。
俺は…。
「今日からなんだよ。ほら、4年前に言ったじゃん」
4年前、この墓の前で泣きながら口にしたその言葉を俺は繰り返す。
「教師になるって!」
白色アザレアが、暖かい風に揺れた。
真実を見破れ 最善策 @saizensaku
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