第7話 道中
時なんてものは意外にも早く過ぎてしまうもので、気がついたら約束の日になっていた。
今日のための準備はぬかりなくやったつもりだが、実際何が起こるかは時の運といったところだろう。――と、そんなことを思いながら家を出る。
いつものように、駄菓子屋へと続く道を行く。いつものように、とは言ったものの愛用の自転車には乗っておらず、まだセミが鳴き始めるぐらいの時間に向かっている。ふっと駄菓子屋の店先を見ると、まだ店も開いていないのに一人の少女がベンチに座っている。
「おはよう。よく眠れたかしら」
「……おはよう。まあ、気持ちのいい朝は迎えられたかな」
「あら? てっきり私のような女の子と二人っきりで――その、デートのようなことをするのに何も悩まなかったのかしら?」
「いや、まあ、だって相手幽霊じゃん」
「…………」
……うん。これは僕悪くない。いくら澄華が綺麗で、お嬢様みたいで、正直言って結構タイプな見た目をしていても――彼女は存在していない。ただ、僕によって生かされているような存在だから。
「まあ、いいわ……あとでこき使ってやるとして――もう出るの?」
「ああ。早いほうがいいだろう? どうせ現地に着くのは昼だし」
それに――と言いかけて、やめる。
「じゃあ、行きましょう。海へ」
僕のことなど気にしない、というふうに言うと、いつものベンチから立ち上がる。
「……で、どっちいけばいいの?」
こいつ実は馬鹿なのか?
*
僕たちはとりあえず駅を目指した。
今回の行程では、車なんてものは使えない(僕が運転できない)し、もちろんタクシーなんて貴族の乗り物は呼べない。消去法的に公共交通機関になったわけだが、残念ながらバスでは海には行けなかった。
ということで、現地の最寄り駅までは電車移動ということになったのだが……
「え? 電車で行くの?」
なんてほざく奴がいた。目の前に。
「いや、自分の立場わかってる? 何もかも僕に任せたのは君だし、そうしたんだから僕の決定には従って欲しいんだけど」
「それにしたって相談ぐらいしてくれてもいいじゃないっ!」
「うーん。今回に関しては僕に非はないと思うんだけど」
ふん、とへそを曲げる彼女を置いて行かないように、歩く速度を調節しながら駅へと向かう。
自分一人だけならそんなに時間はかからないのだが――今回はそうもいかず、思ったよりも時間がかかってしまう。
「っと、切符買うんだけど――澄華って何歳?」
蹴られた。
「いってえ……」
「乙女に年齢を聞く馬鹿がどこにいますの!」
「いや、だって子ども切符――」
「私が子どもに見えて?」
「……はいはい。大人のレディですよ澄華お嬢様」
また蹴られた。
蹴られた足をさすりながら、大人二人分の片道切符を買う。
澄華といえど、改札の通り方は知っていたらしい。……そんなふうに見てることがバレたらまた蹴られそうだけど。
そんなことを考えていると、程なくしてホームに電車が滑り込んできた。
*
「それにしても……」
目の前の少女はなんだ? いつもと変わらない服装だが、やっぱり素が良すぎる。平たく言えば”何を着ても似合う”ような容姿だ。なのに――
「なによ?」
「いや、こっちの話だよ」
なのに――性格が残念すぎる。良く言えば”お嬢様らしい”その性格。それは普段の言動や、僕をこき使うことに対してなんの罪悪感も感じていない様子から明らかなんだけど。
「むー、なにか失礼なことを考えている顔だったのだけれど」
「あれ? 顔に出てた? 次からは気をつけるよ」
「気をつけるよ、じゃないわよ! まず失礼なことを考えていたところを訂正しなさいよ!」
「いや、まあ……実際考えてたし……」
「……後で殺す」
「お嬢様、そのようなお言葉遣いはどうかと」
「……一緒に地獄に来てもらうわ」
きっ、と睨みつけられるが、うん。……絶対口には出さないけど。
「――ところで、なんで澄華は座ってるんだよ」
「私はレディなのだけれど」
「そうでした、お嬢様。失言をお許し下さい」
「地獄に突き落としてやる。絶対」
そんなこんなで順調に旅を続ける。
「もうそろそろ乗り換えだから降りる準備しとけよ」
分かったのか分かってないのか、とにかく反応が薄い。乗り換えの駅に到着したのだが――
こいつ、やっぱ分かってない……
しょうがないか、と心のなかで呟くと膝の上に置かれていた手を取る。
なんか騒いでるっぽいけど、乗り換えにミスると電車を待ったりと無駄な時間が発生する。それだけは避けたい。澄華のためにも。
無事に乗り換えを済ませ電車が発車しようとする頃、やっと彼女の様子に気がつく。なんか恥ずかしそうにしているそれを見て、今、僕が何をしているかが分かる。
「あ、ごめん」
無意識的に握っていた手をぱっと離す。なんだが居心地が悪い。
「な、なによ……謝るぐらいならしないでよ……」
「いや、今回は僕が悪い。何も言わずに引っ張って悪かった」
こういう時は素直に謝るに限る。
「いや、その――肇に引っ張られるのも新鮮だったというか、なんか男らしい手だな、とか――まあ、とにかく! 私はなんとも思ってないわよ!」
「あ、そう。なら良かったけど」
「――――っ! なんでそう、あなたはっ!……」
赤くなって俯く彼女。なんか新鮮だな、とか考えていると――
彼女の、手が触れた。白くて、すべすべとした手が。
黙る彼女。だが、確かにその手は僕の手を見つけると、握ってくる。
そんな様子から、彼女がまだ行ったことのない場所に行くという不安を、今更ながら理解する。
だから、せめて――その手を握り返すのが僕にできることではないか。そう、思った。
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