第5話 願い
しばらく抱いたままにしていると、うう……という声が聞こえてきた。どうやら高まった気持ちが落ち着いてきたらしい。
「…………そ、その」
「あ、ごめん。いや、つい――」
「つい抱きしめるとか…………このスケコマシっ!」
「す、スケコマシ⁉︎」
さっきとは違い、恥ずかしさに震え、怒る彼女。その様子を見ていると――さっきの怯えた様子での告白と、謝罪がウソのように思えてくる。
「いや、僕がスケコマシって……」
「いきなり乙女を抱きしめるだなんて! ――普通に考えて失礼だとは思わないのかしら?」
……まあそうなんだけど。確かに状況的にはつけ込んだみたいになってるけど……そんな気持ちはこれっぽっちも――一キログラムも――ない。
「でも、まあ、その……ありがと」
そんな彼女がぽっと頬を染めながら小声で言った一言を、僕は聞き逃さなかった。……もちろん、聞こえてないフリはしたけど。
そんなこんなで、秘密を晒しあった(というか僕のは見透かされてたのだが)僕たちは、前よりも幾分か仲が良くなったように思えた……もちろんスケコマシ扱いは続いたが。
そして、数日が過ぎ八月の頭になった頃だった。
「話が、あるの」
――そう、彼女が切り出したのは。
*
その日もいつものように駄菓子屋の前で待ち合わせ、ベンチに座っていた。そしていつものように世間話をするように「もうそろそろ台風が来る季節だね」と話題を振った時だった。
――彼女は、ひどく動揺していた。まるで、何かに怯えるように。
そんな様子が――あの時――正体が僕にバレた時と重なって見えて……直感的に、言ってはいけないことを言ってしまったと、そう思った。
「…………ごめん」
「待って、私のほうが悪いわ。……だって、まだあなたには話していないことがあるのだから」
言うか言わまいか、葛藤している様子が見て取れる。でも、催促はできない。……それは、彼女の意思を尊重することではないから。
「いや、いいんだ。言いたくないことの一つや二つぐらい、誰にだってある。それは僕だって例外じゃない。それに、それを無理やり聞こうなんて思うほど僕は野暮なヤツじゃない。……だから、気が向いた時に――」
「話が、あるの」
そう、切り出される。
「それは私という存在の根幹に関わる部分の話よ」
「……それは”幽霊”だと自称する君の、存在の話か?」
「そうとも言えるし、もっと一般的な話もするわ」
ふう、と一息を置いてから彼女は話し始めた。
「まず、”幽霊”なんて名乗ったけれど、私たちは魂の残滓のようなものなの」
「…………魂の残滓?」
言葉は理解できるが、意味が分からない。
そんな様子を見て、そうね――と笑いながら
「魂の残滓はこの世に残す、生きた軌跡のようなものよ。……それは、どんな生物でもあるものなの」
「――それは、”記憶の中に生きている”と言われるようなものか?」
「人で言えば、それも一つの魂の残滓のかたちよ」
魂の残滓、か。本当にぴったりの表現だと思う。
魂の全てが残ってしまえば、それはもう実在していてもおかしくない。一部だけだからこそ、彼女のように普通の人には見えなかったり、見えても、透けていたりする――そういうことだろう。
「そしてそんな存在の中でも、私のように濃い残滓は”見える”人には見えるわ。――そう、あなたのような特殊な能力や、俗に言う”霊感”を持つ人にね」
「私は本当にそれが濃過ぎた。思考や人格といったところまでこの世界に残してしまうほどに」
そこまで聞くと、疑問が湧く。
「その、濃い薄いは置いておいて――残滓が消えることはあるのか?」
「あるわ」
即答。
「普通は、時間が経てばその個体がいた事も忘れられる。いくら記憶という残滓を残していたとしても、それを永遠に語り継ぐようなことはないからよ」
「……なるほど。じゃあ、”英雄”なんていうのは――」
「そこまでは、私も知らないわ。たぶん、それを知るときに私はあなたに伝えることなんかできないだろうけど」
沈黙。
「話が逸れてしまったけれど、戻すわ。残滓が濃ければ濃いほど、この世に残すものは多くなる」
「……それは君――いや、君たちにとって不都合なのか?」
「不都合、というほどではないわ。実際、私はこの状態で楽しんで生きているし、それに不便を感じることはあっても概ね満足できているし」
苦笑。幽霊の自分がが生きている、なんて表現を使ったのが面白かったのだろうか。
「でもね――なんとなく、直感的にだけど、ここにいてはいけないという気がするの」
「そりゃあ、君はたぶん――」
「もう、死んでいるはずだから」
「……だから、ここにいてはいけない。こうやって君に姿を見せているのも、たぶんいけないことなの」
でもね、と続ける。
「君には、その残滓である私が視えた。それはありえないことだとも言えるし、同時に私のような存在にとってはとても重要な協力者よ」
「協力者って……何か協力した覚えはないけど」
「だから、その話をしようと思ったのよ」
「――――私を、海に連れていって」
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