雨ツキ

向日葵珈琲

雨の日が好きだ。



ざああと降りしきる雨。

それは僕の背中に張り付いた

今までの嫌悪する感情を

洗い流してくれる。

じっとりと湿める雨。

沈みかけた気持ちに

ゆっくりと被さって

抱きしめてくれる。

ぽつぽつと優しい雨。

心地よいリズムで静かに体に

染み込んでくる。

荒々しく波打つような雨。

時折、つんざくような雷も従えて走り抜けていく。

目も開けられない息もまともに出来ない。

生きている実感を与えてくれる。



雨は好きだ。全部。


人々は、憂鬱だ、とか、

気持ちが沈むから嫌い、とか、

洗濯物が溜まってしまう、

そういった安易な言葉で

この現象を否定してしまう。

少し、いや、結構、

それこそが憂鬱に思えるのは、

自分だけだろうか。

まあ、確かに一理はあるのだろうけど。



今日は曇り後雨。

西からの風。

空気は湿り気を帯び、

山を越えて低気圧に変わる。

午後からにわか雨。


うん。

条件は良い。

大丈夫。


傘をわざと持たずに歩いた。

山のふもとには常緑樹の巨木があって、

威風堂々としている。

何十年も何百年も腰を据えている。

どんな天気にも揺らがず、

逆に言えば、

どんな天気とも相性が良い、

ということだ。




ふう。




一つ、呼吸を。

高鳴る鼓動に胸を押さえる。





「ごめん、今日は遅くなったかも」

軽く息を切らせて走って来ると、

君は穏やかな笑みで一瞥して、

僅かに曇った空に視線を戻した。



【平気。ちゃんと待ってるから】



君とかわす言葉は二言三言。

それだけで充分。



「また、雨だね。」


【わかっているから、来るクセに。

まさか、君も、

雨憑き(あめつき)みたいに

なってしまったの】


「……あ、いや」


そうかも、と言いかけて、

言葉を飲んだ。

告げるのを良しとしないのは、

君が眉間を寄せて睨むのが目に見えているからだ。



黙ったまま時間が流れる。


この沈黙が逆に会話の様だった。



「あの、さ」


君が顔を上げた。


「また、来るよ。また、」


【雨の日に、ね】



短い逢瀬が終わりを迎えた。


ふと、上を向くと巨木の繁る葉から、一粒。

雨が滴って(したたって)唇に落ちた。


それをそっと飲み込んで、

落ち着いて目を伏せる。



【また飲んだの。

やっぱり君は雨憑きだ】


そう、君が緩くはにかんだ。




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