幕間
白い、白い空間が続いている。
果てはなく、無限大がそこに広がっている。何処までも何処までも、白く形作られて、果てがなければ終わりなく。永久に、白い色が続いていく。
中心には、一本の槍が突き立っていた。
それは眩く黄金に輝いていた。天を貫き、地を貫く。その刃の先だけが、白い空間を繋ぎ留め続けている。
神聖であった。神鉄によって打たれ、神の御業を以て成されたと言って疑う余地もないほどに荘厳な聖をその槍は携えていた。
その槍に背を預ける者がいた。
眼鏡を掛けた黄色人種の、白い軍装を纏った男だった。その男はただ、何をするでもなく、そこに両目を閉じて凭れ掛かっている。
彼が市井の凡庸な人間であるならば、不敬であると言って尚余り有るほどの冒涜行為であっただろう。
だが、違う。彼の在り方はそれで正しかった。彼と、その『聖槍』は、そうであってこそ相応しいものであった。
担い手が在って、槍は在る。その神聖にも関わらず、あまりにも純粋な関係を成している。
「……来たか」
その空間に、一つの足音が近付いてくる。
背の高い男だった。白い肌に短い銀髪、青い瞳、きっちりと口元まで閉じた長い外套は、今し方槍に背を預ける彼が羽織るものと同型であった。
空間を、赤く汚しながら歩く。その右手には『死体』があった。
否、正確には動いている。呼吸をし、思考をしている。然して、それは死体に他ならない。それは既に、死んでいるのだから。
「で、どうだったんだ? 『ロンギヌス』は」
背の高い男へと、聖槍の担い手は問いかけた。
彼は一度、首を振った。それ以上はなかった。言葉を吐くことはなく。
「そうか。ならば、探し直しということか?」
もう一度、男は首を横に振る。
担い手は口元に指を当てて暫し黙考した。
かの男が一言も言葉を発さないのは今に始まったことではない。故にそれに対して別段問い質すつもりはない。
然しやはりそれだけでは正確な意思の疎通は難しい。故に二度ほど大きくパンパンと手を叩いた。
「リーリヤ」
男が握り締めていた死体を手放す。それと同時に黒い光が集合し、それはやがて実体化して人間の形を整えていく。
立ち上がるのは少女の姿。黒き邪光の白百合。はぁ、と深い溜息をついて、腕を開いて手のひらを伸ばす。
「ああ、ああ、もう! 酷い目にあったわ、本当に酷いわ! 折角私達の女神に逢えたと思ったら、お爺さんから折檻だなんて!」
くるり、くるりと血塗れの身体で白い空間を歩き回って、そしてピタリと担い手の前で立ち止まる。
「――――ええ、『聖槍』は無かった。けれど今は未だ、という段階。
ローゼンクロイツが言うには、完全な零には至っていないけれど、壱と数えるのにもまだ……つまるところは」
「振り出し、という訳か」
その言葉を聞いた担い手のそれには、少々の落胆が含まれていた。
但し、絶望ではない。期待はしていたが、まあそんなものか、という程度の、至ってよく……人間が普遍的に抱く感情であり。
ゆっくりと、担い手は立ち上がる。
「構わん。それで良い。元よりそのつもりだった。簡単に手に入れてはつまらない。それでは、余りにも“人間にとって不平等”だ」
そうして次に続けた言葉に乗せられる色は、喜色すらも含んでいた。
その手を掲げた――――天地を貫く聖槍は、一際眩く輝くと、担い手の右手の内に納められる。
「これは。謂わば、俺と人間の戦争だ。俺はこの世界をより素晴らしいものにしたい、そして現生人類は今在るこの世界に、これからも在り続けたいと願う。
俺はその願いを踏み潰し、踏み躙り、それでもこの世界を救いたい。そのためにこの『天逆鉾』がある。そのためにはあの『ロンギヌス』がいる。
そのためにこの――――俺がいる」
白い空間に、右手の槍が空を裂く――――そして、そこには『裂け目』が現れた。
裂け目はやがて、白い空間をすらも呑み込んで映し出される。それは、『無数の宇宙』だった。
一つの宇宙には無数の世界が在った。そして無数の命があり、無数の喜劇が在り、無数の悲劇が在り、そして命はやがて消え、また新たな生命を生み出していく。
そしてその集合点に、担い手達は立っていた。それこそが、担い手が背負う『全て』だった。
「ローゼンクロイツにも伝えておけ。予定通り、計画を起動する。そのための『岩畔機関』、そのための『お前達』だ。
――――『聖槍を、完成させろ』。『全ての、救済のために』」
男は……ユーティライネンは、身動ぎ一つしなかった。ただ男の目を見据えていた。否定も、肯定もしなかった。出来なかった。
リディアは演技がかった動きで担い手へと頭を垂れた。理解はしていなかった。ただ肯定していた。彼女にとっては、それでよかった。
「貴方が求める救世のままに――――『岩畔豪雄聖下』」
終天の門 -Deus ex machina- @cherry0521
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