タイムライン上のライバル
ふわまひる
タイムライン上のライバル
地球温暖化が話題になってはや数年。
温暖化が騒がれる前に比べて季節が1ヵ月くらい早まった気がする。
まだ7月だというのに気温は30度を超え、汗がにじむ。
月5万で借りているこの借家にはクーラーがあるものの、
半年前に壊れたっきり息をしてない。
窓も1箇所しかないおかげで、外よりも部屋の中の方が暑くなってしまっている。
早朝の涼しい時から作業を始めていたはずが、
気がついたら昼の12時を過ぎていた。
暑さにうなされたパソコンの熱気がさらに室温を上げて行く。
「ごめんな。頼むから壊れないでくれ」
唯一の商売道具であるノートパソコン。
買い換える余裕もないので、今彼に倒れられる訳にはいかない。
霞む目でモニターを見る。
パソコンのモニターには先ほどまで書いていたコードがひしめいている。
慣れない早起きをして書いたせいか、途中途中コメントが書かれておらず、
自分でも何のコードがわからない。
「恨むぞ過去の俺...」
試しにプログラムを実行して見ると、当然のごとくエラーの滝が。
暑さと疲労に削られたなけなしの集中力ではエラーに立ち向かうだけの力は無く、
ため息を吐きながら椅子の背もたれに上半身を預けた。
ゲームを作り出して5年。
過去に一度趣味で作ったスマートフォン向けゲームが当たり、
そのまま専業として個人でゲーム制作をしている。
当たったから専業になったんじゃない。
悩んで、悩んだ末に残ったのが
「ゲームを作りたい」
という気持ちだったから僕はこれで生きている。
とか、かっこいいことを思いはするものの、エラーが出ては気を削がれ、
完成させても「こんなゲーム」なんて思いが頭をよぎっては膝を震わせている。
今年に入って作ったゲームですら3つ。発表で来た作品は無し。
部屋で一人、誰も励ましてはくれないし、誰も俺を見て居ない。
入れた氷が全て溶けて薄まったコーラを飲む。芯まで火照った体に冷たさが広がる。
結露でできた小さな水たまりにコップを置くと、「ぴちゃっ」っと音がした。
ほんの小さな音なのに、
一人しかいないこの部屋では反響して、しばらく耳から消えなかった。
背もたれから起き上がり、作ったゲームをテストするためのスマートフォンを手に取る。息抜きにツイッターを開いた。
川のように流れるタイムラインを眺める。
世界中どこかにいる誰かが
思ったこと、やっていることを息を吐くように投稿している。
僕がフォローしているのは個人でゲームを製作している人たちが大半。だからと言ってタイムラインが常にゲームについての話かというとそうでもない。焼肉の写真をあげる人、ジムに行った報告をする人、自撮りをあげる人。様々だ。
数分単位で更新されるタイムラインを見ていると、目の前にいない人の生活があまりにもありありとわかってしまう。
「よくこんなに呟くことあるよな」
自分の活動について報告だけする人、友達と会話をする人、ツイッターの使い方は人それぞれだけど、毎分つぶやいている人をみると、たまにこいつらは全員ボットか何かで、実際は存在しないんじゃないかと思ってしまう。
ふと、1つのツイートが目につく。
黒髪ショートカットの美女がタンクトップ姿で自撮りをしているツイート。
正確には「女」ではないのだが。
添えられている文章には
「今日もかわいいハレルヤちゃんは、一日中ゲーム製作三昧だゾ☆暑つくていやになっちゃうね!そんな君たちにヒンヤリするゲームをお届け!」
と書かれていてURLまで書いてある。
ハンドルネーム「ハレルヤ」
日本最大級のインディーズゲームフェスで今年最優秀賞をとった男。
そう男だ。
訳あって女装をしているらしい。その訳を一度本人に訪ねたことがあるが
「私はゲームを楽しんでもらうのと同じぐらいに『こんな面白いゲームを作ったのはハレルヤって人なんだ」って知ってもらいたいの。だから印象に残ることならなんでもするよ。まあ、単純に私かわいいし」
と言っていて、後半の発言は抜きにして少し納得してしまった。
僕もハレルヤと同じだ。
ゲームが好きでゲームを作っているけど「ゲームが売れればそれでいい」わけじゃない。
「僕が作ったゲーム面白いから遊んで」
という気持ちが強い。「僕が」作ったんだ。「カイくんのゲーム面白いね!」「カイの新作楽しみにしてる!」ってゲームと同じくら自分が評価されることを僕は望んでいる。
だってそうだろう。僕が作るゲームは「僕の好きを詰め込んだゲーム」なんだから。僕が作るゲームは僕自身と言っても過言じゃない。
つまり僕はゲームを通して、自分を知って欲しいんだ。
自分の好きなものを世の中に出すことで、好きなゲームを通して僕を知って欲しいんだ。
ハレルヤのツイートのURLを踏むとブラウザ上で遊べるタイプのサイトに繋がった。
ゲーム自体は15分程度でサクッと遊べるホラーノベルゲームだった。「ヒンヤリするゲーム」というだけあってストーリーは怖くてゾッとした。初めは夏といえば怪談って安直だなと思ったがすぐに考えを改めた。ゲームの途中でアイテムを拾うのだが、ただのコレクションではなかったのだ。周回プレイをするたびに、持っているアイテムによってストーリーが変わるのだ。選択肢でストーリーが変わるのは述べるゲームでは定番だけど、アイテムでストーリーが変わるなんて。しかも、クリアした後じゃないとアイテムの重要性に気付けない仕様って...
「ハレルヤのやつ遊んでるな」
これはハレルヤの実験なんだ。
「新しいシステムを試してみよう。みんなの反応を見てみよう」っていう実験だ。
もしかして、ハレルヤはいつもこんな実験をしているのか。
ふと気になって、ハレルヤのツイートを遡ってみる。ハレルヤのツイート欄には自撮りで埋め尽くされている。が、その中かからゲームに関するツイートを拾って集めてみる。
わかった。奴は月に1個はゲームを作ってSNSで発表している。それと同時に1年に1個大きなタイトルを発表している。いや、違う。1年に一度大きなタイトルを作りながら、息抜きにハレルヤは実験しながらゲームを作っているんだ。
鳥肌がたった。自然と口元が緩んだ。腹の底からふつふつと湧いてくる思いが口から溢れた。
「負けらんねえ」
赤いバツマークをクリックして、ツイッターを閉じて、またプログラムとにらめっこする。
部屋に1人キーボードをタイプする音が響いた。
タイムライン上のライバル ふわまひる @moko7days
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます