廃墟の住人

溶け出す月と黄金の箱庭

2人は、廃墟の2階の崩れた天井から、丸い月を仰ぎ見た。

「僕はね、いつかは、あの出口から、この世界の外に出てみようと思うんだ」

私は黒猫を胴上げするような格好で、月に向かって掲げてみた。

「ふふ、あんな高いところたどり着けないよ」

「でも、君は手を伸ばせば届くって言ったよ」

「そんなの嘘だよ」

彼女は意地悪く、クスクスと笑って言った。

「じゃあ、あの太陽は」

「あれは、本物。この間、最後に太陽が沈もうとしたとき、コロンと地面に落ちて来たんだ。多分、太陽ももうそろそろ限界だったんだよ」

「そうだね、今のこの完璧な世界のためには太陽は不要だった」

「うん、そうかもしれない。でもね、君はこの世界を出ていくことなんてできないよ。外の世界があることを知りながら、この廃墟で生きていくしかないんだよ、君は。それがお似合いだよ。だって、太陽を壊してしまおうなんて、よほど太陽に恨みでもあったんでしょ」

彼女の言うことは最もだった。

「ここに来たときから、少し不思議な気分だったんだよ、僕は。懐かしい場所に帰って来たようなそんな感覚。君と、この猫と一緒に、この廃墟にいると、なんだか落ち着くんだ。僕は、帰るべき場所に帰って来たのかもしれない」

彼女にはそう言った。それが私の本心であることも事実だ。だが、やはり私は、この世界から出て行かないといけないような気がしてならないのだ。それは、もはや強迫観念のようなもので、外の世界を知りながら、それを無視するわけにはいかなくなってきたのだった。

月は手を伸ばしても届かなかった。

それがもどかしくて、瓦礫を１つとり、それを、1階の床に向かって、投げてみる。瓦礫は軽やかな音を立て、粉々になって割れた。

私の中では、この廃墟での安寧を求める気持ちと、どこか別の何かを求める焦りとが戦っていた。

そんなとき、月の光がトロリと溶け出すのが見えた。液状になって流れ出した月は、ツーと空の天井を伝い、私たちの元まで降りて来た。

「お迎えが来たんじゃない？」

彼女は言った。彼女の顔は、私を祝福しているように見えた。

「行ってきます」

私はそれだけ言った。

溶け出した月は、世界全体をを包み込みはじめた。

ドロドロとした黄金の液体は、かき混ぜられながら、球状となり、１つの箱庭を囲む、光り輝く小さなビー玉になった。