第10話 続きやんの~?

「それでは、わたくしは隣の従者用の部屋に控えておりますので、何かございましたらお呼びください。明朝は宿の朝食の時間より少し前に起こしに参ります。どうぞ、ごゆっくりおやすみなさいませ」


 そうか、ロイヤルスイートともなると従者用の部屋もあるんだね。さすがに専用の風呂はついてないらしいけど、きっと寝室くらいはあるんだろう。


「ああ、頼むよ……おやすみ」


 優雅に一礼して寝室を退出するアイちゃんを見送ってから、俺は清潔なカバーに包まれたフカフカの枕に顔をうずめて泣いた。ただ泣いた。


 を言った俺に対しても、アイちゃんの態度はまったく変わらなかった。「ご主人様も男ですから、そういう欲望を持つのは当然です」みたいに、俺の欲望を優しく肯定して、だけど「ですが、それはメイドの仕事ではございません」という態度は崩さなかった。


 だから、俺は軽い調子で「ああ、すまなかったね。今日はやめておくよ」と言うしかなかった。


 痛かった。アイちゃんの、何ひとつ変わらない態度が、逆に心に痛かった。


 ひとしきり泣いたあとで、ふと気付いたことがあって、心の中で「システムメニュー、ヘルプ」と念じてみた。


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  世界管理者へのお問い合わせ

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 あった! 「世界管理者かみさまへのお問い合わせ」!!


 俺は即座に、それを選択した。すると、俺は転生のときに選択の洞窟に行く前に一時的に居た場所、何も無い白い空間に立っていた。この体は実体じゃなくて、たぶん精神体か何かだろう。


『はい、世界管理者ユーザーサポート係です』


 あのとき、俺に転生のことを説明した声が聞こえてきた。


『ちょっとぉ! 話が違うんですけど!!』


『今回のお問い合わせは、メイドの仕様についての苦情ということでよろしいでしょうか?』


 相変わらず丁寧な態度を崩さずに、声が答えた。どうやら、俺の状況はわかっているらしい。


『そうですよ! あの転生の説明のときに「愛を交わせる」「同種族の女でないと子供は生まれない」って言ってたじゃないですか!!』


『はい。愛を交わすことも、子供を産ませることも可能ですよ』


『だって、メイドの本来業務じゃないって!』


『はい。仕様上そのようになっております。故障バグではございません』


『仕様だって!? じゃあ、メイドとは愛を交わせないっていうのか!?』


『いいえ。職業がメイドであっても愛を交わすことは可能です』


『へ?』


 世界管理者かみさまの声が言ってる意味がわからなくて、俺はマヌケな声を上げていた。そんな俺に、世界管理者かみさまの声は噛んで含めるように丁寧に説明してくれた。


『メイドの仕様には、主人に対する性的奉仕の義務はございません。当然、そのような命令に従う義務もございません。しかし、メイドの業務を離れたところで、個人的に主人と愛情を育むことについては禁止されておりません。あなたが主人としての立場を利用してではなく、あなた個人の魅力でメイドと恋愛関係になり、性的関係を持つことには、一切の制限はかけられておりません。仕様としてこのようになっておりますので、何とぞご了承ください』


 それを聞いて、俺はショックで倒れそうになっていた。いや、実際の体はベッドの上で寝てるんだから倒れるはずもないけど、白い空間で世界管理者かみさまの声に相対している精神体の方がぶっ倒れそうだった。


 そんな俺の様子がわかったのか、世界管理者かみさまの声はさらに詳しく説明してくれた。


『チート仲間としてのメイドには性的奉仕の義務はございません。そのような仕事をお命じになりたかったのでしたら奴隷が適切な選択肢でございました。そのことは、おわかりかと思っておりましたので説明しておりませんでした』


 その説明を聞いて、俺の口からは反射的に疑問が発せられていた。


『おわかり?』


『はい。あなたはメイド喫茶の常連だったということですので「メイドさんにお触りやセクハラ行為は禁止」というルールは当然おわかりのことかと……』


 Oh No! そうだよ、そうだったよ!!


 ガックリとその場にうずくまってしまった俺に対して、世界管理者かみさまの声は慰めるように話を続けた。


『ただし、奴隷が相手であっても、主人としての立場で性的奉仕を命じた場合には、決して愛は得られないでしょう』


『え?』


 その言葉の意味がわからないで戸惑っていると、世界管理者かみさまの声が説明を続けてくれた。


『あなたが選択できた仲間の職業には、それぞれ特徴がございます。戦闘能力が一番高いのが「姫騎士」ですが同時に命令はほとんどできません。姫騎士本人が主人のために最適と思う行動を取り、決して裏切りませんが、主人の意志からは独立した個人として行動します。その反面、対等な個人としての付き合いができるので、愛情を育むのは一番簡単です』


『じゃあ、奴隷は?』


『「奴隷」は一番戦闘能力は低くなります。また、いかなる命令にも絶対服従です。そのかわり、命令なしで自発的に行動することは、ほとんどありません。また、完全に従属している立場なので、愛情を育むことは非常に困難です。もしあなただったら、主人の立場で性的な奉仕を命令してくる相手と恋愛しようと思いますか?』


 そうか、そうだよな……普通に考えたらそんな相手とは恋愛関係にはならないよな。そして、俺が選んだのは……


『つまり、メイドはその中間ってこと?』


『はい。戦闘能力は中くらいで、メイドとしての本来業務の範囲内の命令には従いますが、本来業務外の命令は拒否します。命令なしで自発的に主人のために行動することもあります。個人としての立場より、メイドとして従う立場の方を優先するので、愛情を育むことは難しいのですが、個人として尊重するなら不可能ではありません。あなたが、主人としてではなくあなた個人として、アイ個人を尊重し、やさしく扱い、その気持ちをくみ取り、アイ個人が喜ぶことをしてあげるなど、愛情を注いでいけば、愛を交わすことは可能です』


 それを聞いて、俺は思わず叫んでいた。


『そんなことができるくらいなら、俺は前世で「彼女いない暦=年齢」の童貞チェリーなんてやってねえよっ!』


 そもそも女の子とそんな風に話せるくらいだったら、メイド喫茶に入り浸ったりしてねえよ! そのメイド喫茶だって、俺の方から特に何かしなくても「ご主人様」って奉仕してくれるから行ってたんだぞ。ちくしょう、俺の異世界生活はイージーモードかと思ってたけど、恋愛に関してはヘルモードじゃねえか!!


 そんな俺の心の内がわかってるのか、世界管理者かみさまの声がさらに話を続ける。


『恋愛に関しては、何もチート仲間としなければいけないということはございませんよ。あなたは既にかなりレベルアップしています。アイと共に戦っていけば、すぐに世界最強クラスの強さを身につけることができるでしょう。そうすれば、強さに惹かれて集まってくる女性をよりどりみどりで選ぶことも可能です。ハーレムを作ることも可能ですよ。また、そうやって女性をはべらせても、アイがあなたを軽蔑したり裏切ったりすることはございません』


 ……そうか、そんな風にそれこそ「異世界転生俺Tueee!」のお約束の道を歩くこともできるんだ。


 だけど、俺は……


 俺は、とりあえず世界管理者かみさまの声に向かって礼を言って、この白い空間から出ることにした。


『そうですか……わかりました。お呼び立てしてすみませんでした』


『いえいえ、また何かわからないことがございましたら、お気軽にご利用ください。これにてサポートを終了させていただきます』


 世界管理者かみさまの声と共に白い空間が消え、俺はふたたびベッドの上で横になっていた。


 さて、どうしようか。


 アイちゃんと愛を育むのは、ヘルモードだ。アイちゃんは俺のメイドで、俺のことは大切なご主人様だと思ってるけど、恋愛対象としては見ていない。ハーレムを作っても大丈夫ってのは、そういうことだ。それを崩していかないといけないんだ……この恋愛音痴の俺が!


 それに対して、イージーモードで行きたいなら、この世界で別の恋愛相手を探すことだ。きっと、一国のお姫様とか、美形のエルフとか、猫耳獣人とか、よりどりみどりで選べるだろう。姫騎士もいるかもしれない。奴隷だって、買ってすぐに奴隷から解放して、ってパターンなら恋愛にこぎつけることだってできるだろう。


 どうする、俺? アイちゃんと恋愛しようというヘルモードを続けるのか?


『続きやんの~?』


 俺の頭の中に、ふと大昔に遊んだゲームの音声が響いてきた。アニメも世界的にヒットした超有名格闘マンガを元にした対戦型格闘ゲームの、コンティニューのときの声だ。コンティニューさせたくないんじゃないか、って言われてた、やる気なさそうな声。


 何で今、こんな声を思い出したのか……決まってる!


「もちろん! 俺はアイちゃんと恋愛するぞ!!」


『そうこなくっちゃ!』


 コンティニュー決定のときの音声を思い出しながら、俺は誓っていた。


 確かに、新しい恋愛相手を探す方が楽で簡単だろう。


 だけど、そんなのは嫌だ!


 だいたい、与えられたチートであるアイちゃんに頼ってパワーレベリングした結果得た強さなんてモンに依存した恋愛なんて、万一それが失われたら即座に破綻するじゃないか。それじゃあ「ご主人様」なんていうに頼って性的奉仕を要求したり、恋愛関係になろうってことと大差ないだろう。それじゃダメなんだ!


 それに、前世だって童貞捨てるんなら風俗行けばよかったのに、後生大事にアラフォーになるまで持ち続けてたのは「初めては本当に好きな相手と」って思ってたからなんだから。そういうこだわりこそが、恋愛できない理由だってのもわかってはいたさ。


 運動神経は壊滅してたけど、ルックスはそんなに悪くないって大学のサークルの女性メンバーや仕事場の女性社員には言われてたんだし、仕事だって普通にできた。つまんないこだわりを捨ててれば、きっと適当な相手と恋愛だってできたんだろう。


 だけど、それじゃ嫌だったんだ!!


 だから、俺は今回も自分のこだわりを貫くことにした。せっかく、最高に好みの女の子がメイドとして仕えてくれているんだ。俺は、絶対にアイちゃんの心をつかんでみせる!


 俺の戦いはこれからだ!!


第一部・完


 短い間ですがご声援ありがとうございました。結城藍人先生の次回作にご期待ください。

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俺のメイドは最強無敵! 結城藍人 @aito-yu-ki

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