第3話 そんでもって晴れ。

「は……?」

わけがわからなかった。両親は二人でシェアハウスしてるとは言ってなかった、つまりは僕は親に黙っていた。黙るような関係だった???

そう考えた瞬間にするどい頭痛が走る。

僕は考えることをやめた。

「ボク、トラウマ」

肩に黙って座っていたトラウマくんが、急に声を出した。

「ん?」

「ボク、トラウマ、イヤ、アゲル」

「???」

何を言いたいのかわからなくて、じっと見つめていると、いきなりぶぁっと大きくなって僕に覆いかぶさって来た。

「?!」

「キミ、コイビト、シンダ、キミ、ゲイ」

暗くなった世界の中で告げられる言葉はうまく僕の中で繋がらなかった。

「なにを……」

トラウマがなにを伝えたいのか、なにを知っているのか、よくわからない。

「恋人???死んだ???ゲイ???」

「リク、コイビト、シンダ」

もう一度、言い聞かすようにゆっくりと声をかけてくる。

「陸……?恋人……僕が???男と?……」

酸っぱい味が胃から込み上げてきた。それと同時に目に涙が浮かぶ。

「うぷっ……」

「ハルキ、オモウ、ダス、リク、スキ」

とっさにその場に戻してしまった。

「っはぁっはぁっ……僕……が……ゲイ?」

小さい頃から、男同士とかは嫌いだった。っていうか、男が嫌いだった。小さい頃に女の子に間違えられ、レイプされた時から。そう、トラウマになってたはずなんだ。

「リク……ハルキ、ヒツヨウ、キオク、ハルキ、ヒトリ、クウハク」

トラウマくんの、切実な声が耳に届く。

ポロポロと、涙が溢れだす。

「リク、コクハク、シタ、ツキヨ、ハルキ、ツキガキレイデスネ、イウ、シタ」

月が……綺麗ですね?

「ハルキ、テレタ」

照れ……た?

「ハルキ、オモウ、ダス、オネガイ」

月が……綺麗ですね。

「あっ……」

頭の中にききなれた声でその言葉が再生されると同時に、ぶぁっとリクと過ごした日々が思い出された。

「陸……陸!!!!!」

とめどなく溢れる涙がトラウマに当たると同時に消えていく。

「あっ、トラウマくん!!!」

「ハルキ、オモウ、ダス、シタ、エライ。ハルキ、ヒトリ、チガウ」

少し微笑んだ気がする。

「やだよ、せめてトラウマくんがいてよ!!!」

「ハルキ、ココロ、イル、リク、ボク」

続々と体が消えていき、ついに最後の一片が消え去った。

僕の心には、思い出せた記憶と温もりと、無くした空白だけが残った。

「1人に……しないでよ。バカ陸」

陸は、男性恐怖症の僕にバカらしくも、でも真面目に向かい合ってくれた唯一の人だった。話がしたいからと、女装をしてきたり、いきなりデートしようって言ってきたり。触る頻度を徐々に増やしていったり、最終的には告白されたけど、あいつもちゃんとした恋をするのは初めてだったみたいで……はっずかしいような、文豪のセリフを持ってくるから。僕も照れちゃったんだっけ。

「陸……」

トラウマくんは、きっと名前の通りトラウマだったんだろう。陸がいない日々という、トラウマ。しかし僕は忘れてしまっていて、だから、トラウマになれなかったんだよね。それで、僕に思い出させようと……思い出したら、僕にとってもうトラウマじゃなくなるから、消えちゃうのに……

「ありがとう……」

明日、墓参りに行こう。もうきっと墓に入ってるだろうし。


僕は大事なものを三度失った。

1つは陸を失くした時。1つは陸との記憶を失くした時。最後の1つは、陸を思い出したその時。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

雨のち曇りそんでもって晴れ 泡沫の唄 @utktutkt

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る