第4話
先日、街中で惜しげも無く転んだサラリーマンがいた。すれ違う女子高生に
「小鳥ちゃん、珍しいねボーッとして」
「すみません、ちょっと気になることがあって」
「あのハンカチのこと?」
仁科さんは私にシャッターを向けて、ニヤッと笑った。そうだけれど、なんとなく答え難くて「いえ、お祭りのことで」と私も参加予定の10月に予定されているお祭りを口実にしてしまった。
「ふ〜ん?」
彼は蛇に似ている。薄い唇も見透かしたような目も。私は蛇は嫌いじゃないから決して悪い意味ではないのだけど、あまり周りはそう言われて良い気はしないらしいから敢えて口には出していない。
「ま、いっか!それより、本当に助かったよ。ほら、
「構いませんよ。城ヶ崎教授も私も仁科さんは信用してます。雑な扱いされませんから」
「いるもんね、中には雑〜に生き物を扱う人。俺は無理だね。人間なら雑〜に扱えるけど」
「それもそれで、如何なものかと。」
「どうしよっかなぁ…こう、東欧折衷がコンセプトだからエキゾチックな感じが欲しいんだけど」
「そうですね…
「
「
「
「
「嫌いじゃないけど
「
「背景がさ…」と仁科さんはカバンの中から1冊のファイルを取り出す。
彼の仕事はフォトグラファーだ。世間では「孤高のフォトグラファー・
私は城ヶ崎教授の紹介で仁科さんと出会って2年ほど経つけれどそれはあまり感じた事はない。
けれど、朝からの情報番組のエンタメコーナーで彼が有名人とトラブル、みたいな話題を時たまに見ることがある。元々人は撮りたくない人みたいだ。けれど仕事は需要と供給。ミスマッチを美とする彼の独特な世界観と色彩から「撮って欲しい」という依頼は多いらしい。「生き物以外は撮りたくない」と仁科さんは言うけれど私達も動物界に属する生き物だ。
「これ。ゴブラン柄」
「ゴブラン柄に金魚ってなかなか無いですね」
「でしょ?だから面白そうだなって思って!」
と、仁科さんはご機嫌だ。
この研究室の主人である城ヶ崎教授は、「金魚博士」と呼ばれていて、そちらの方面では知らない人はいない。金魚に関しては初心者から玄人向けまで種々の本を出していて、教授の名前を知らなくてもたまたま手に取った、とても分かりやすい金魚の買い方本が教授の著書だという人は非常に多いと思う。
その城ヶ崎教授が自分の著書を出す際に載せるカラー写真は必ず仁科さんが撮っている。二人は長らくのビジネスパートナーらしい。
「いいよね、金魚。見てると癒されるなぁ」
「そうですね。よく分かります」
「昔さ、露店で金魚すくいがしたくても”生き物はダメ!”ってお袋が許してくれなくてさ。可哀想だとか、生き物なんだから軽々しく欲しいって言うなって。あの頃はなんてケチなババアだと思ったよ」
「ババアって…」
「今思えば確かにって話だよね。こんなに小さな金魚が追い回されて、すくわれて、ブラブラぶら下げながら帰って、作り置きでも無い水にポンと入れられて、餌をチョイチョイって。」
「今は無理でしょう?」
「無理だね。もう1週間前から準備するよ。きちんと食塩とメチレンブルーとか混ぜてそこそこの水温のやつで!」
仁科さんはそういうと、水色のトロ舟を泳ぐ金魚達をまるで恋人にでも向けるかのような視線で見つめている。
「金魚と結婚したいなぁ。絶対大事に出来るのに。」
「ギョッとする事を言うのはやめてください…」
「魚だけに?ギョギョッ!て?」
「どこのさかなクンですか」
私は仁科さんのオフブラックのマグカップにコーヒーを注いで渡す。
研究室には城ヶ崎教授と私、そしてしょっちゅう入り浸っている仁科さんのマグカップが置いてあったりする。
仁科さんはこの研究室がなかなか気に入っているらしく、城ヶ崎教授が気付いた時にはいつの間にかマグカップを持ち込んで当たり前にここでコーヒーを飲んでいたそうだ。たまに私が授業を終えて戻ってくると研究室に置かれているソファーで寝ていることもある。その時、彼の体に掛けられていた手触りのいいイチゴ柄のブランケットもいつの間にか彼が持ち込んだ私物らしい。
「蝶尾が一番好きだけど、結婚するなら琉金だな。セクシー!」
琉金、といえば、先日の彼だ。
あの、転んでいたサラリーマン。
彼に貸したハンカチは、仁科さんから誕生日に頂いた小さな琉金があしらわれているものだった。
「お礼も兼ねてまた連絡したい」と言われて名刺を渡したはいいものの、相手の名刺を貰い忘れてしまった。貸した、ものだし、処分はしていない、はず。今はそればかりが気掛かりだったりするのだ。
「小鳥ちゃんは?」
「何がですか?」
「結婚するなら、どんな金魚がいい?」
「どんな金魚って…」
なんて言いつつ考えてみる。
スマートな男性なら
「
「いいね!やっぱりさ、金魚の色っぽさって尾びれにあると思うんだよね。」
「それはわかります」
「尾びれはさ、ヒトの女性でいうとクビレみたいな」
「それはわかりません」
「そうかなー。」
「あ、でも身近で言えば
「あー!あいつも色っぽい!
「
仁科さんは何かしらハッとしたものがあったらしく、私の両手をガバッと掴んだ。
「小鳥ちゃん!協力してほしい事がある!」
仁科さんがそう言った時、私の携帯が大きな音を立てて鳴った。
我輩は片思いである。 夏目彦一 @natsume151
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。我輩は片思いである。の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます