第5話『デートするには訳がある』
紫葉家を後にした俺は、腹も減ったので家へ帰った。
ボロい平屋の一軒家。庭の雑草が生えてるのを見て「休日は草むしりしなきゃなあ……」と溜息を吐き、ガラガラうるさい曇りガラスの引き戸を開けて「帰ったぞぉー!」と言いながら靴を脱いだ。
ドスドスと床を鳴らしながら食卓へ行くと、そこにはすでにちゃぶ台をじじいとばあちゃんが囲んでいた。テレビとちょっとしたタンスが置いてあるだけの八畳間。
今日の飯は炊き込みご飯と肉じゃが、ひじきの煮物に、たくあんか。
いいねえー。腹が鳴っちゃったよ。
「随分遅いご帰還じゃないか湊。晩飯までに帰れない時は連絡しろっていつも言ってんだろ!」
と、俺を唾が飛ぶ勢いでいきなり怒鳴ってきたのは、俺の養父、御年七五歳の
「るっせぇなぁー。忘れてて悪かったよ」
言いながら、俺も自分の飯の前に腰を下ろす。
「湊、ご飯、温め直そうか?」
そう優しく微笑むのは、俺の養母、
「いや、いいよばあちゃん。すぐ食べたいからさ。――あ、味噌汁だけ頼む」
俺はそう言って箸を持ち、手を合わせて「いただきます」と肉じゃがを頬張った。
肉じゃがのメインは、じゃがだよな。しっかりと出しが染み込んだホロホロとしたじゃがを口の中で崩していくのはなんだか楽しい。
それを筍とシメジが入った炊き込みご飯で追いかけるのは贅沢と言っても良い。
ばあちゃんは料理ができるし家事も完璧。口うるさくてわがままなじじいをしっかり立てる、昔ながらの奥さんなのだ。
「はい、湊。熱いからゆっくり飲みなさいね」
「あんがと」
ばあちゃんから味噌汁の入った椀を受け取り、ズズッと啜る。今日のダシはカツオと煮干しか。
「今日はなんで遅くなったんだぁ湊。あれか? 彼女でも出来たかぁ?」
「っせーぞじじい。飯くらい静かに食えよ」
モテないやつに彼女とか話題振ってんじゃねえよ。泣いちゃうだろ。
「小僧っ子のクセに生意気なんだよコラッ」
じじいが俺の皿から肉じゃがのじゃがをパクって行く。
「テメッ、じじいなんだから若いモンの皿から飯パクってくんじゃねえよ!」
「お前が最初に生意気な口利いたのが悪い」
俺とじじいは、互いに胸ぐらを掴んで、ガンを飛ばし合う。いくつになってもガラの悪いじじいだぜ。
そんな俺達を見兼ねたばあちゃんが、パンっと手を叩く。
「食事中でしょ。喧嘩はやめなさい」
俺とじじいは、互いに喉に餅をつまらせたような顔をして、胸ぐらから手を離す。
ウチではばあちゃんが一番偉いのだ。
「湊、もう少しお父さんと仲良くなさい。お父さんも、子供のお皿からご飯盗るなんていやしい真似しない」
「わ、悪かったよ久枝」
「ごめん、ばあちゃん」
じじいが俺の皿にじゃがを戻したのを確認して、食事に戻る。
まったく、いやしいジジイだぜ。いくつになっても食い意地が張ってやがる。昔から俺とおかず争奪戦を繰り広げているんだからな。
「湊、休日の草むしりで勝負つけるぞ」
「上等だコラ。じじいと若者の体力差見せつけてやるぜ」
と、俺とじじいはニヤニヤと睨み合った。
別に仲が悪いわけじゃない。こういう絆なのだ。
両親を亡くした俺を引き取ってくれた恩人だし、こういう態度を取っちゃあいるが、俺はじじいとばあちゃんに足を向けて寝られないのだ。
■
翌日の事である。
俺は普段通りに制服に着替え、登校し、教室の隅でぼんやりと窓の景色を眺めながら、道中で買った紙パックのカフェオレをじゅるじゅる飲み、春の日差しを浴びていた。
こんな日はバイクでかっ飛ばしてえ、と思うが、まだ修理が終わっていない。来週には終わるらしいが、それまでこの体の疼きを我慢できるのだろうか。
「うーん……またバグジー出られるのも嫌だしなぁ……」
肩の傷は紫葉が手当してくれたので、今は包帯が巻かれていて動かしにくい。
こんな怪我が増えるのは嫌だし、痛いのも怖いのも嫌い。
そもそも、バグジーが出たところで、魔法少女をスカウトしないかぎり、戦ってもただのボランティアだ。誰がそんなことできるかバカヤロウ。
そうは思うが、悩むのなんて性に合わねえ。
出てから考えりゃいいんだよ、こういうのはよぉ。
俺は飲みきった紙パックを握り潰し、ゴミ箱に叩き込んで、席に戻る。
――すると、隣の席に座っている赤珠が自分のスマホを見ながら、苦い顔をしていた。
普通なら「どうした?」くらい訊いてやるのがエチケットなのかもしれないが、俺と赤珠は別に友達でもなんでもなく、ただただ隣の席で、少し仲が悪いという間柄なので、訊くことはしない。
だってめんどくさいんだもん。
俺も赤珠に倣って、スマホをいじくりながら授業開始までの時間を潰すことにした。
「……はぁ」
「……」
「はぁぁぁ……」
「………………」
「はぁぁぁっあ!」
「うるせえええええええッ!」
思わず、俺はスマホを机に叩きつけて、隣の赤珠を怒鳴りつけた。
「なんださっきっから溜息溜息でうるせえな! 最後露骨にアピール入れてきたろ!?」
「あっ、あら花守くん、どうしたのかしら大声を出して。いきなり叫ぶなんて獣みたいね」
「うるせえぞ構ってちゃん。露骨に話聞いてほしいアピールしやがって」
「な、なんの話? そんなことしてないけど」
本当にキョトンとした顔から察するに、どうも嘘ではないらしい。
アピールでもないのにあのレベルの溜息ってのは、逆に心配だけど。
「……で? なにがあったんだよ」
なんだかすでに、ちょっと疲れてしまったが、首を突っ込んでしまった以上仕方あるまい。
「……花守くんは、ダルメシくんって知ってるかしら?」
「はぁ? なんだそれ。ダルメシ?」
赤珠は、自分がいじっていたスマホを突き出し、ぶら下がっているストラップを摘む。
デフォルメされた斑模様の犬が、なんだか嫌そうにエサ皿を見つめている。
「なにそれ」
「ダルそうに飯を食う犬シリーズ。略してダルメシくん」
「クソみたいなマスコットだな」
「あなたのようなセンスの欠片もない人種にはわからないのよ、この可愛さが」
フン、と鼻を鳴らして、そっぽを向く赤珠。あれ可愛いか……? メシは美味そうに食えよな。そういうところで俺とは相容れなさそうな犬だ。
飯を美味そうに食わないやつは信用できないが、俺のモットーである。
「専門ショップができるほど、ダルメシくんは人気なのよ?」
「嘘ぉ!?」
あんなクソみたいなマスコットがか? どこが可愛いんだ。
「……今日、そのショップで、新作が出るのよ『デートに来たけど頼んだパフェが絶妙に美味しくなくて気まずい雰囲気になったダルメシくんとダルメシちゃんストラップ』っていうんだけど」
「そんなんなるんなら帰ったら?」
つか、名前なげえよ。ダルメシ略す前にその名前略せ。
「で、その新作、カップル限定でしか買えないのよ」
そこまで聞いて、ピンと来た。
「まさか、彼氏いないから買えない、とかか?」
「あら、思ったより察しがいいのね」
ここまで言われてわからないほうがやべえと思うが。
「そりゃあ大変だ。男友達もいないとは、可哀想に」
「いっ、いるわよ男友達くらい!」
「一年以内に連絡取ってない、小中学校の同級生とかは無しだぞ」
「……い、いるわよ」
ものすんごく声が小さくなった。いねえのかよ……。なんか俺まで悲しくなってきた。
「じゃあそいつに彼氏役頼め。それで解決だ」
まったく人騒がせだなぁ、と俺は再び自らのスマホに視線を戻そうとしたのだが、赤珠が椅子を引きずって近寄ってきた。
「……なんだよ?」
「あなたにお願いするのは非常に不愉快で不本意で不覚なんだけど、それでもお願い!」
「あぁ? お前なぁ、俺とお前の関係性がどういう物か言ってみろよ」
「今日だけ恋人(仮)よ!」
「違うだろ! 席が隣ってだけで、友達でもねえじゃねえか!」
むしろ反目しあってる、くらいまで行ってると思っていたが。
真面目な赤珠と、不真面目な俺。相性はまったくよくないし、基本的に皮肉を飛ばし合う間柄だったんだけど。
まあ、いつまでも隣の席同士でそんな小競り合いってのも、うんざりだしな……。仲良くなれるってんなら、そっちの方がいいか。
「……仕方ねえな。その代わりに条件がある」
「……体に触れる行為は無しよ」
こいつ俺のことを何だと思ってんの?
泣きそうだよ。そんなむっつりスケベだから男を寄せ付けないのか?
「ちげえよ。別に体に触れる事ぁしねえ。ただ、ちょっと俺とデートしてくれねえ?」
なんだか、道端に転がっている軍手でも見るような不思議そうな目をする赤珠。
「……デート?」
「そう。やっぱ高校生の内に一回くらい制服デートしたいじゃん。でも彼女できるかはわかんねえし、それならいい機会だしデートしてみたいと思って」
昨日じじいに「彼女でもできたか」という話題を振られたのが少し心に残っていたのだ。
どうにも俺は軽薄そうに見えるらしく、女の子に告白してもそれを理由に断られる事が多い。
「……食事と買い物くらいなら、付き合ってあげてもいいけど」
「おっ、ホントか!?」
やったーラッキィー!
女子とデートできるなんて、生きてるといい事ってあるもんだなぁ。
「なんであなたがお願いした立場みたいになってるの」
それは俺もさっぱりわからんが、コレばっかりは仕方ない。
今後デートするかもしれないし、予行練習ができるのはありがたい。
男は初めてでも初めてじゃない風を装いたい物だからな。
キミ、魔法少女とか興味ない? 七沢楓 @7se_kaede
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