第4話『俺の立場が弱くなる!』

 強くなった俺の体は、体のあちこちに鉄か、あるいは似た物質か、そういう赤とオレンジのプレートが張り付いている、機械のようになっていた。


 なんだか頭に角も生えているようで、派手なカラーリングの鬼、そんな感じだ。


 俺が自らの姿をまじまじと見つめていると、いきなり耳元から『どうやら変身できたようだね』と紫葉の声が聞こえてきた。


『それにしても、なぜ電話を切った? つなげ直す手間も考えてくれよ』

「ただリダイヤル押すだけだろが。あんな状況でまともに電話できるわけねえだ――ろっ!?」


 ぶわんっ、と、人狼が爪を振るう。反応が遅れたので躱そうとしても、間に合わなかったので、俺はそれを左腕で防いだ。


 今までの俺であれば、左腕は当然持って行かれるし、ともすれば頭ごと弾き飛ばされていてもおかしくはなかったのだが、なんと防いだ上、耐えた。


 その場に押し留めたのだ。左腕一本で。


「うおぉ……?」


 防いだのを見て、俺はすぐさま一歩右足を踏み込んで、思い切り人狼の脇腹へと右フックを叩き込む。


 大砲のような音がやつの腹から響いて、悶絶。


「ぐっ、あっグゥ……!?」


 やつは歯を食いしばり俺を睨んでくるが、もう怖くはなかった。


「ウルァッ!」


 前蹴りで腹を押して、相手を突き放す。

 まるで丸太を思い切り叩きつけたような、今までではありえなかったその威力に、人狼は先ほど俺がやられたのと同じく、街路樹へと叩きつけられた。


『よし、距離を離したな。――腰に装填したマジリアを起こせ!』


 言われた通り、俺はマジリアを持ち上げ、バックルに装填されたまま画面が顔へ向いているような形にする。


 画面にはキロアプリ、メガアプリ、ギガアプリと書かれたアイコンが並んでいた。


『メガアプリを選択し、その中に足の形をしたアイコンの――』

「こいつだな!」


 アイコンをタップして、スマホをまた倒す。すると、スマホから何故か紫葉の『ストライクブランディング』という声が聞こえてきた。


『キミね、話は最後まで――』

「うるせっ、今はそんな場合じゃねえんだよ!」


 右足に力が溜まっていくのがわかる。それを確かめるように、爪先で地面を軽く叩いてから、走った。

 風の様に、目の前に立つ人狼をなぎ倒す為、跳んだ。


「キメるぜぇェェェッ!!」


 跳び、そして、思い切りを曲げて、インパクトの瞬間叩きつけるように伸ばした。

 先程の前蹴りとは、格が違った。叩きつけた足裏が、人狼の体を貫いたのだ。一体どれほどの威力だったのか、考えるだけでも恐ろしい。


 貫き、人狼の背後に立った俺は、その穴が開いた体を見つめる。


「……さすがに、死んだろ?」


 俺がそう問いかけるのを待っていたようなタイミングで、人狼の体が、チリとなって空へと消えていった。


 周囲のざわつきが止まり、みんながこっちを見ているのがわかった。しかし、何も言ってこない。当然だ。倒したは良いが、まだ霧が晴れず、外に出られない。


 助けてくれるんじゃねえのか、という期待を込めた視線をみんなが向けてくるが、冗談じゃないぞ。俺だってなんもわかってねえんだからな。


「おっ、おい紫葉……霧が消えないんだけど」

『そんなすぐに消えないよ。一分くらい待ってれば消えて、出られるから』

「そ、そうなんか」


 ホッと一息を吐いて、俺は周囲の人達に「一分くらいで出られるから安心していいっすよぉー!」と手を振る。


「ほんとかぁ……?」

「あの赤オレンジの言うこと信じても大丈夫かな……」


 なんかボソボソ聞こえる。俺お前らの命救ったんだからもう少し信じもよくね?


 最初はそんな感じで、いきなり変な格好でバケモンを殺した俺の言う事が信じられなかったようだが、一分ほど待って霧が晴れたことで、やっと周囲の人達が歓声を上げ、生きている喜びを分かち合っているようだった。


 ……一分、疑われながら黙って立ってるの辛かったよぉ。



  ■



 霧が晴れて、俺は変身を説かないままその場を離脱。いや、さっき思いっきり素顔晒してたってのは無し無し。


 だって変身したインパクトで忘れてるだろうし。


 いい事したとはいえ、あいつ変身できるんだぜ、なんて言われたら学校に行けないからね。


 人目が無い所で変身を解除し、遊ぶ予定だった友達に断りの連絡を入れてから、俺は紫葉家へと向かった。


 インターホンを押すと、今度は紫の下着姿で出迎えてくれた紫葉に、俺は少し怒りの溜飲を下げながら、雇われた時と同じように、ダイニングのテーブルで向かい合った。


「やぁやぁ、もう給料の支払いをお望みかい? 大丈夫、ちゃんと用意してあるからさ。今回は初回サービスだよ」


 そう言いながら、笑顔でテーブルに一〇万を置く紫葉。

 ……やっぱり、あいつを退治するのが仕事だった、ってわけか。


 俺はそれを受け取って、ポケットに強引に突っ込みながら「ふざけんなよ。危うく死ぬとこだったんだぞ?」


「でも死ななかった。キミはどうも、そういう才能があるのかもしれないね」


 いらねえよそんな才能!

 現代の日本社会で活かされないじゃねえか!


「まあ、あんなこと、その場にならないと信じられないから、話さなかったのは納得してもいい。けどよ、あれのどこが、女の子と仲良くなれる仕事だぁ? 楽でもねえし」

「そうかい? 普通にサラリーマンやバイトやるより、楽でいいと思うけどね。クレーマーにはぶつからないし。まともに働くよりずっと楽さ」


 へっ、っと吐き捨てるように笑う紫葉。なんか労働に嫌な思い出でもあんのか?

 いい思い出があるやつの方が少ないと思うけども。


「それに、女の子と仲良くなる、という件の事だがね、そこからが君の仕事の本番になる所なんだ」

「本番だぁ? ……俺の仕事って、あの、なんつったか、バグジーってのを倒すだけってわけじゃねえのか?」


 頷く紫葉。

 おいおい、あいつ倒すんだって、変身したから楽勝だったとはいえ、結構怖かったんだぞ。


 これ以上、俺に何をしろってんだ。


「君……魔法少女アニメって、見たことあるかい?」

「ねぇよ」

「そうだろう、誰にだってあるだ……ないの!?」


 今までで一番大きな紫葉の声。

 目を見開いて、俺を見ていた。


 悪いけど、ねえよ。ウチのじじいが甲高い女の声を聞くと頭痛がするってんで、アニメはあんまり見たことがない。

 代わりに、俺はじじいがよく見ていた時代劇が好きになったのだ。


「魔法少女アニメは噂にしか聞いたことねえなぁ……」

「うっ、嘘だろ? 実は興味があって、小学生時代こっそり見ていて、高校くらいになってクラスメイトにウケ狙いで言ってみたら、結構みんな見ていたとか、そんな経験してないのかい……?」

「してねえな」


 俺は幼い頃から『暴れん坊将軍』とか『必殺仕事人』とかしか見てないからな。

 友達に話したら「見てねえよ!」とキレられたので、それからというもの、友達とテレビの話をするのは嫌いだ。


「なんか、魔法使う女の子出てくんだよな?」

「それはもうジャンルの名前聞いただけでわかりそうな情報量だが……。まあ、そうだね。普通の女の子が魔法使いになったりして、マスコットとか仮面の紳士とかに助けられて、敵と戦っていく、そんな話が主だ」


 ふぅん、なるほどねえ。

 俺は頷きながら、なんだかひっかかるモノを感じていた。


「マスコットとか仮面の紳士、ってのはなんだよ?」

「さっきも言ったろう、マスコット、というのはメタ的な目線でいえば戦闘外でのサポート役、魔法の知識がない少女達に、魔法や敵の知識を教える役だ。漫画くらいは読むだろう? 眼鏡キャラ、というやつさ」


 はぁ、なるほど。

 実はよくわかってないが、要するに知恵袋って事なんだろう。


「で、だ。仮面の紳士、というのは仮面を被り、正体を隠して魔法少女達をサポートする存在だ。主に戦闘面でね」

「あっ、やっべ……すげえ嫌な予感してきた」


 ここまで話してわからないほうがバカだろう。

 つまり、俺に「魔法少女のサポート役である仮面の紳士役をやれ」と言いたいんだ。


「お察しの通り、君は仮面の紳士役をしてほしい。魔法少女のサポート役としてね」

「女の子と仲良く、ってのはそういう事かよ……」


 まあ、それは別にいい。

 吊橋効果、なんてのもある。あんな危険な事をお互いにしていれば、好きになるのもなられるのも簡単だろう。


「つか、それならその魔法少女、ってのを紹介してくれよ」

「無理だ」


 すげえあっさり言われた。

 いや、それじゃ仕事にならなくね?


「無理、というか、なんというか、そこも含めて君の仕事なんだよ、湊クン」

「あっ、やっべ、また嫌な予感」

「察しがいいね。そう、君が魔法少女をスカウトしてくるんだよ、湊クン」

「あぁぁぁやっぱりそうかぁ!」


 これは仮面の紳士っていうんですかね?

 変身した姿は紳士っていうかライダーだったし、女の子スカウトするってなんだよ。風俗、キャバクラのスカウトマンじゃねえんだぞ。



「君の給料は、歩合――つまりは、魔法少女のスカウト数。そして、その魔法少女たちが倒したバグジーの討伐数によるマージンで計算される。つまり、だ」

「……俺は魔法少女を探さない限り、給料がもらえないってことか? さっきの初回サービスっていうのは、初回だから魔法少女いなかったけど、給料あげるよって、そういう事?」

「まさしく」


 満足そうに腕を組んで、いやらしい笑みを浮かべる紫葉。


「テメエふざけんなよ!? そういうのはある程度用意しとけよ!!」

「あのね……用意できてたら、そもそもキミを雇ってないよ?」

「うぐっ……」


 まあ、それは確かにそうだ。


「それにね、別にキミに強制はしないが、やらないというのならあの五〇万は返してもらうよ? やらないというなら、だけど」


 もう三万しかねえ。

 返せるわけねえ……。高校生には、どえらい大金だ。返すには、高校生活の放課後をこれから全部捧げなくてはならない。


「やっ、やらないなんて言ってないじゃんかぁ。 そ、それはほら、世界平和? につながるアレなんだろぉ? 俺ぁ世界平和好きだしさぁ、協力するよ」

「くっくっく……わざとらしい……。けどまぁ、そういうことにしておいてあげよう。君の狂った金銭感覚は、また今度言及するとして」


 完全に使い切ったのバレてやがる。

 いや、厳密には使い切ったわけではないんだけど……。一割も残ってない時点で、使い切ったみたいなもんか……。


「とにかく、君の仕事は『バグジーの殲滅』と『魔法少女のスカウト』だ。わかったね?」

「あぁ……。わかったよ、やりゃいいんだろ! やりゃあよ!」


 ヤケクソ気味に言ったはいいが、しかし、俺の脳みその冷静な一パーセントが告げていた。


 どうやってそんなもんスカウトすりゃいいんだよ? と。


 現実的に存在しているキャバクラや風俗のスカウトだって難易度高そうなのに、そもそも存在を信じてもらえなさそうな魔法少女なんて、どうやってスカウトすんだよ?

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