革の背表紙

@Kisaragi3115

プロローグ

湿気と熱気が身体を包み込み、全身にじんわりと汗が滲む。風が吹いたがそれも熱風の様で不快感を和らげることには全く貢献していなかった。ふと目をやったスマホの画面に表示された日付に思わず溜息が漏れる。8月2日。夏休み中だ。本来ならクーラーの効いた部屋で寝転びながらスマホを弄り、漫画でも読んでいるはずのこの時期に、何が悲しくて僕は蝉の暑苦しい鳴き声を聞きながら田舎道を歩いているのか。事の発端は数日前に遡る。

コンビニには車で片道30分。車通りは殆どなくて少し歩けば一面田んぼが広がる、そんな典型的な田舎に住む祖母から電話が来たのだ。久々に孫の顔を見たくなったらしい。夏休みの課題など最終日にまとめて終わらせるもので、終業式が終わったと同時に友達とカラオケに繰り出した自分と難関大学を目指しせっかくの夏休みもカキコウシュウとやらで勉強漬けの生活を送ろうとしている姉。僕に白羽の矢が立ったのは当然といえば当然だった。後の詳しい展開はご想像にお任せしよう。

目的地に近づくにつれてみるみる乗客の減っていったバスを降りたのが十数分前。もう正午近いのか日差しと熱気は最高潮に達している。くじけそうになった時に側にいてくれる奴なんかいなかった。懐かしい歌のフレーズにケチをつけながら無心で足を動かすこと数分。ようやく目の前に祖母の家が現れた。

誰にとは言わないが一言言わせてもらおう。

もう、帰りたい。

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