第187話 ……残念だ

 調理されたものがあらゆる素材になる。


 それが枯戸左門の能力というのがクッキーの説明だった。本物に触れたことがありさえすれば、どんな希少な物質も同量の料理から生み出せてしまう。その便利さは説明するまでもないが、素材の寿命は料理が食べられる間だけであるので、錬金術とまではいかないらしい。


「よく調べるもんだ……」


 オレは感心しながらヒロポンに送られた資料を読む。なかなかの分量があり、戦いについても色々なケースが考えられている。


 黒血ヶ原のときより詳細だ。


 準備時間がある分、分厚くなってるのか。


「今回は調べたんとちゃうよ。ウチと左門くんは知り合いやから、本人提供の情報や。能力を貸して貰う代わりに、空飛ぶ屋台を作ったげた」


 クッキーは言う。


「……え? あれクッキーの発明なの?」


 驚きと同時にオレは胸にチクッとしたものを感じていた。そしてそれを口にするかどうか迷う。相手は天才なのだ。そりゃその頭脳に頼る人間は大勢いておかしくない。


「心配せんでもあれ自体に戦闘力はない……」


「……」


「……兄さん、なんや、怖い顔してんで?」


 マタが運転する隣、助手席から後ろのオレを振り返って言う。首を傾げる九歳の少女、エキセントリックな髪色とそれに負けない頭脳を持つ彼女にはこういう凡人の感覚はないのだろう。


「ごめん。ちょっと嫉妬した」


 正直に言ってしまうことにする。


「嫉妬?」


「左門くん、とか。ほら」


「……ぁあ、なんや。そういうこと?」


 クッキーの表情が明るくなる。


「正生くんって呼ばれたいん? いやん。兄さんがそないなかわいいこと言うとは思わんかったわ。ほんなら今夜は頭なでなでしたるさかい」


 手を伸ばしてデコを撫でてくる。


「いや、あんまりクッキーって人付き合いとかしてないのかと思ってたから。あさまとは違う意味で、孤高って言うか、周りは機械だらけというか……教授とかジジイとか」


「ま、便利な男ってとこやわ」


 オレをからかうようにクッキーは言う。


「手に入りにくい高価な素材やなんかも安く簡単に作れるからな。武器の威力を見たりやとか、それこそ新素材のテストとか、ウチに限らず島の科学者に引っ張りだこやで? それだけにみんな左門くんって呼んでるからな、ウチもそう呼ぶようになってただけやわ。男としての興味なんて」


「わかってるよ」


 まぁ、本人は伊佐美が好きらしいし。


「だから、ちょっと嫉妬しただけだ」


「たまにはええやん。ウチらも色々と嫉妬させられてるんやから……こないにええ反応が見られるなら浮気もアリかもしれんなぁ?」


 しかし、この天才は楽しそうだ。


「……嫉妬する資格がないのもわかってます」


 醜い感情だった。


「いやいや? そないガチで凹むとこちゃうよ? 兄さんのは浮気やなくて白い獣の本気なんやから、少なくともウチはそういう生き物やと受け入れ……あ、これも微妙な表現やな」


「すみません本当」


 移動中にかなりテンションが下がったが、今日の決闘の舞台は普段の生活している場所からはかなり外れたところに位置していたので到着する頃には落ち着いてもいた。


 三時間。


「車じゃなくて走れば良かったぐらいだ」


「一応ルールやから、宮本武蔵戦法を許さんとかたとえが古いっちゅうんはさておき」


「しかし、なんでまたこんな遠くに……」


「こんにちは」


 影が落ちてきた。


「……」


 オレはその声のした方を見上げる。


「久しぶりやな」


 クッキーは普通に応対。


「ええ、その節はありがとうございました」


「……知り合い?」


 オレはクッキーの肩をとんとんと指で叩く。


「シンドリー・ゲキシン。兄さんの同い年の巨人さんや。左門くんのチームメイトでもある。ウチらの決闘の相手やな」


 クッキーが手を高く上げて紹介する。


「はじめまして。全先正生さん」


 巨人がお辞儀した。


 それはその巨躯にすれば軽いものなんだけれども、深々としたものにしか見えない程度にはしっかりと落差のある頭の動きだった。たぶん二十メートル近く上下してる。色々と遠近感がわからない。山そのものだったトシテほどではないが、しかし岩倉先輩がデカくなったのとはレベルが違う大きさ。


「どうも、はじめまして」


 オレもお辞儀する。


「聞いてなかったんだけど?」


「チームメイトやけど、優しい子やからウチらみたいな小人と戦ったりはせんから大丈夫や。あくまで左門くんのサポート担当」


「サポート」


「はい。サポートです」


 そう言うとシンドリーはその身体と同等に大きな平たい岩を持ち上げる。サイズ比とか関係なく普通に力持ちの動きだ。


「能力は加熱。クレープを焼くお手伝いです」


 そう言うと岩から熱気が押し寄せてくる。


「……それ、焦げない?」


 熱い。


 とんでもなく熱い。


 クッキーが横でナチュラルに耐熱スーツを羽織りだすぐらいには尋常じゃない熱だ。オレの分を用意してくれないのはなんでなんだろう。


 道理で島の端まで連れてこられた訳だ。


 岩がごろごろしてる戦いにくそうな場所だが。


 辛うじて生えてる草も一瞬で枯れてる。


「焦げますけど、影響はないので」


「ああ……そうなんだ」


 サポート担当で良かったとオレは思っていた。


 たぶん戦ったら負ける。


 獣の本能が完全にそう告げていた。人間が耳元で叫ぶ大声ぐらいで聞こえてくる声もかなり抑えてそうなんだろうし、クレープを焼くつもり程度の熱でこれなら本気を出せばもう辺り一面消し炭になるのは間違いなさそうだ。


 優しい子。


 クッキーの説明通り、そういうことなんだろう。人なんか簡単に殺せてしまうから逆に戦いようがない。完全に規格外だ。顔の作りは可愛い系のような気がするけど、それぞれのパーツが大きすぎてなんとも言えない。ウルトラだ。


 ウルトラウーマン。


 たぶん宇宙人だよね、彼女。


 たぶん最終兵器だよね、彼女。


「すげぇ……」


 そしてかなり感動がある。


 世の中って広い。


 巨人たちは島の中で別の生活圏を持っているとは聞いていたが、どっかで機会を作ってちゃんと話をしてみたい。彼らにとったら地球の生態系はミニチュアめいて手狭じゃないんだろうか。それこそクッキーが言うように小人が世界を支配していて納得できるのか。


 ワクワクする。


「……兄さん、節操ないで」


「……え?」


「はじめてみたいなもんやろうけど、そないじっと見つめたらシンドリーも困るやん。それこそ角度的に見るだけでセクハラにもなりかねんのやから、いくら好みでも自重して」


「あのね? オレは少年の心で……」


 セクハラ?


 角度的?


「……」


「あんまり見ないでください」


 シンドリーは岩場の影に隠れていた。


「いや、違……」


 確かに宇宙服めいた装いの股間を正面から見上げるみたいな感じになってはいたが、中身のことはまったく考えていなかった。本当だ。


 意識したら胸の谷間に入りたいけれども。


「シンドリー……あまり親しく喋るな……」


 屋台が飛んできたのはそのときだ。


「……ん?」


 オレはその沈んだ声に警戒する。


「左門、くん?」


 違和感を覚えたのはクッキーも同様のようだった。教室で会った一度きりの印象ではあるが、なにかが決定的に違うのはわかる。


「ごめんなさい。左門」


 シンドリーは巨岩をウェイトレスがおぼんを持つみたいな仕草で抱えて肩を丸め、数歩、それでも歩幅的にかなり奥まで引っ込んでしまう。


「……」


 クレープ屋はオレたちの前に無言で立った。


 寝不足みたいな虚ろな目をしてる。


「緊張で眠れなかったか?」


 オレは言った。


「体調不良なら先に言ってくれよ。そんなヤツと戦ってもお互いなんにもならない。これは決闘なんだ。別に憎しみあってる訳でもない。正々堂々じゃなくても万全でいこうぜ? 今日がダメならダメで試験特典じゃなくこっちから指名して決闘してもいい。下手すりゃ命がけなんだ」


「……」


 左門は答えなかった。


 じっとこっちを見ている。


「なんだよ」


 調子が狂う。


 明らかに変だ。教室で見たときは接客業らしい清潔感を意識して整えられた髪型をしていたがそれも乱れているし、白いコックみたいな服装もよれよれだ。気迫も感じられず、戦いに気負ってるという雰囲気でもない。


「言いたいことがあるなら……」


「兄さん」


 クッキーがオレを制して前に出た。


「左門くん。まだ決闘開始まで時間あるやんか? ウチ、いつものクレープ食べたいんやけど、作ってくれへん? 大阪スペシャルを兄さんにも食べさせたいんや」


「……残念だ」


 左門は首を振って空を見上げる。


「許してくれ……」


 そして、つぶやく。


「……」


 クッキーが言葉に窮していた。

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英雄テロリズム 狐島本土 @kitsunejimahondo

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