幻想遊園地

朝霧

幻想遊園地

 はいはい、どーしたまた君は、嫌な夢でも見た?

 生きてるよ、ピンピンしてる。

 平気だよ。死なない。もう大丈夫、大丈夫なんだよ。

 だから寝なよ、病人。

 ……ああ、ダメっぽいな。

 仕方ないなあ、それじゃあ退屈な話でもしてやるよ。

 なんでって? 退屈な話を聞いてると眠くなるだろう?

 ……いやー、ずっとこの状態だと私も暇だからさー、ちょっとした昔話をね。

 大丈夫大丈夫、辛気臭い話はしないよ。

 まあ、適当に話してやる、聞き流してくれて構わない。

 それでは、東西東西。


 幻影遊園地という場所をご存知だろうか?

 迷子が流れ着く迷子のための場所。

 大事なものを失ったり、そもそも何も持っていない子供達の楽園であると同時に墓標。

 ここに流れ着いた迷子達は幸福な記憶に埋もれて死ぬまで楽しいだけの遊園地の中を彷徨うのさ。

 とっても素敵だろう? だからああして足を運んだわけだが……


 武器のメンテを引き受けた代わりにちょっとしたお願い事を聞いて欲しいんだけど。

 そういうと君はとても不機嫌そうな顔になったっけ。

 騙したのかと今にも首を締めにかかってきそうな君をなだめるのは少し大変だった。

 「本当にちょっとしたお願い事なんだ、お二人様限定の遊園地に行きたいんだよね。出るのは1人でもいいんだけど入るのは2人じゃなきゃだめらしくてさー」

 そういうと君は訝しげな表情をした。

 「空いてる日に付き合ってくれればいいよ。予定が埋まってるっていうなら……そうだなあ……適当な客に付き合ってもらうか」

 少し前に顔面に刺青を入れたイカしたゴリマッチョのオジサマから武器の製作を頼まれたからその人にでも手伝ってもらうか。

 そっちの方が頼りがいあるしねー。

 そう呟いたら君は顔を強張らせたっけ、君ってさー、私以外にはいつもニコニコしてるくせになんで私にだけ辛辣なわけ?

 「それじゃあ、私の寿命が尽きる前に縁があったら、また会おう」

 立ち上がって手を振ってパーフェクトな営業スマイルを浮かべたら君は慌てた様子で私の手を掴んだっけ。

 結構痛かったんだよ? あれ。

 「……付き合おう」

 あの時の君、よっぽど嫌だったんだろうね、苦虫を噛み潰したような顔してた。

 くふひひ……あ、悪い悪い、思い出したら笑えてきた、ちょまって痛い痛い首に噛み付くなよ、君は吸血鬼か!?

 ……と、まあこんな感じで私達はあの遊園地に足を運んだわけだ。

 君はあの遊園地についてなんも知らなかったらしいね。

 当然か、あんなどマイナーもいいところの迷宮ダンジョン

 あそこで手に入れられるアイテムはうまく加工すればいい感じにヤバめの幻覚効果のある術具に出来るけど……

 配られている風船を膨らませているのは気分を高揚させるガス、売られている食事は理性を狂わせ脳を甘く溶かす毒、土産屋に並んでいるおもちゃは人の心を惑わす力を持っている。

 だけどそれだけだし、あの迷宮のクリア条件もちょっと厄介だからねー、普通は誰も進んでいかないんだ。

 ……あの時も言ったけど、私は別のそのアイテム目当てにあそこに行きがったわけじゃないんだよ?

 だからちゃんと助けたんじゃないか、君はあの後私を殺そうとしたけどね、本当にあれは誤解だよ、冤罪もいいところ。

 だってあの日、私は自分が迷うためにあの遊園地に行ったんだから。

 入る前にちゃんと言っただろう? 遊園地に入った後、おそらく逸れるだろうけど合流せずに遊園地から出てくれ、って。

 だから予想外もいいところだったんだよ、まさか君が迷子になるなんて、さ。

 入った2人のうちどちらかが迷子役、どちらかを保護者役になる、それがあの迷宮の挑戦条件。

 どちらが迷子になるのかはわからない、けどより迷子らしい方が迷子として選ばれる。

 迷子役は生贄さ、保護者役に好き勝手にアイテムをとらせる代わりに生きた人間の生贄を求める、それがあの迷宮の在り方。

 元々あそこは迷宮ではなくて、そんな制限はなかったらしいんだけど、いつの間にかそういう条件が付け加えられたらしい。

 あそこはね、遠い昔、子供を捨てるために作られた場所だったのさ、捨てられる子供達が最後にせめて綺麗なユメを見られるようにと、そんな意図で作られた場所がいつしか暴走して……子供達の魂と肉を喰らう事で力を持って迷宮になったんだ。

 元々はあんな遊園地の形ではなかったらしいんだよね、子供達のユメを喰い続けたから子供達の理想郷である遊園地の形をとった、と言われている。

 本当かどうかは知らないけど。

 とはいえ、今はただの条件付きの特殊迷宮だ、生贄を捧げればアイテム取り放題だから何年か前まではあそこに子供を捨てるついでにアイテムを取りに行ったり、逆にアイテムを得るための生贄のために子供をさらったり何も知らない素人を騙して連れ込む悪い輩がいたみたいだけど……

 ……さっきも言ったけどね、本当に本当にそんな意思はなかったんだよ。

 本当に予想外もいいところだった、どんな楽しい楽園なのかと足を踏み入れても正気のままだったんだもの。

 数秒、訳がわからなかったね、正気を失って迷子になるのは私のはずだったのに、私は私のままだったんだから。

 すぐに君が迷子になったって悟った。

 厄介なことになったって頭を抱えたよ、君じゃなくてゴリマッチョさんに付き添いを頼めば、ってね。

 痛い痛い痛い、背中に爪を立てないでよ!

 ……あの時は本当に訳がわからなかった、君が迷子になる要素なんてあの時は一つもないと思っていたしね。

 でも、事情を知ってしまえば道理だろうと納得がいったよ。

 自分で家族を捨てた私と不慮の事故で家族を見失った君、どちらが迷子にふさわしいかといえば君だからね。

 ……悪かったよあの時は、せめて君の事情だけでも無理矢理聞いておけばよかった。

 そうすればあんなところに誘ったりしなかった。

 ……どうした、急に、痛いんだけど。

 ……もしゴリマッチョさんを連れて行って私が迷子になっていたら?

 分かりきったことをどうして聞くの?

 決まってるじゃん、そのまま迷ってくたばってたさ。

 そのために行ったんだもの、人選ミスって失敗したけどさー。

 ……そう、また死にぞこなったの。

 ホント、悪運がよかったんだか悪かったんだか。

 苦しい、痛くはないけど苦しい、ちょっと腕の力緩めて。

 ……悪かったよ、また悪い癖が出た、多分一生治らないからいい加減慣れてよね。

 そんなことを言われても無理なものは無理、生まれてからあの日まで16年以上不要物いらない子をやってたんだから、そんな簡単に考えは変わんないの。

 そりゃあの時の事で生まれてきてよかったとは思ったよ? でもまあ……染み付いた考えは頑固な油汚れよりも落ちないね。

 私としてはあそこでおわ……

 ……はいはい、黙るよ、確かにこれ以上は君だけでなく助けてくれた母様にも失礼だからね。

 ……にしても、もっといい黙らせ方はなかったわけ? うつすき? てゆーか噛まないでよ血生臭いんだけど。

 そういえば元は私がうつした風邪だったっけ、あれは君の自業自得だけど……

 これでまた私が風邪引いて、また君にうつして、っていうのがエンドレスループしたらどうしよう。

 ま、平気だと思おう。

 ……さて、話を戻そうか。

 君が迷子になった理由は当時の私にはさっぱりわからなかったけど、迷子になってしまったのなら仕方がない。

 急いで探したよ、あそこまで焦ったのは初めてだったかもね。

 探し出して日暮れまでに外の世界に引きずってでも連れ出さないとゲームオーバーになって、保護者役は強制退去、迷子役は一生あの世界の中で彷徨うことになるからね。

 厄介な事にあの迷宮は一度入って出ると再入場はできない仕組みだからね、なんとしてでも連れ出す必要があった。

 ……そうだよ? 結構やばい状況だったんだよ、君。

 だからあちこち走り回ったよ、西洋風の偽物の街の中を必死にね。

 風船も露店も土産屋もパレードも無視してね、武器職人としてはとても魅力的だったんだけどね、そんな状況じゃなかったし。

 あの迷宮、特殊な環境だったのもあって私の感知能力が効きにくかったのもあって、結局見つけたのは昼過ぎだったっけ。

 申し訳程度にいる迷宮生物エキストラとキャストの中にただ1人存在していた自分以外の人間、君をね。

 そうだろうとは思ったけど、やっぱり少し驚いたな、君ってばすっかりかわいい子供になっちゃってて、私のことなんてかけらも覚えていないんだもの。

 可愛かったよ、いや、本当に。

 犯罪級の可愛さだったぜ? 本当に可愛かったんだから。

 いいショタだったよねー、ちょっとクソ生意気な感じが滲み出てるのがまた可愛くてさー、頭撫でたくなるような感じ? お菓子を目の前にぶら下げてちょっと期待した瞬間に取り上げてみたかった。

 写真撮っといてよかったなー、今でもたまに見返すよー。

 いったーい!? だから噛まないでよ!

 え? 写真なんていつのまに、って私を誰だと思ってんのさ?

 ……え、やだ。

 あれは私の宝物の一つだもん。

 ……いくら君の頼みごとでも聞けないことはあるんだよ?

 大丈夫大丈夫、誰にも見せないからさー。

 ……さて! 話を戻そうか!

 全く、寝かしつけるつもりだったのに君、異様に食いついて全然眠る気配がないな……ま、いいか……夜明け前だし。

 いや……よくないか。

 まあいいや、続けるよ。

 ……迷子役が迷子としてふさわしい姿、子供になることは知っていたとはいえ、一瞬見逃しかけたよ。

 でも明らかに人間だったし、魔力炉と魔力回路の形も君と一致していたからね。

 ……あの迷宮で私の目がちゃんと機能していてよかったよ、目まで潰されてたらちょっとやばかった。

 君を見つけた時、走り回りすぎて息も絶え絶えだったっけ。

 君の両親を象った迷宮生物と手を繋いでしあわせそーにしてる君の顔を見たときに殺意が湧いたくらいには。

 冗談だったけど死ぬかと思ってたからね、あんな長期的に動き回ることなんてなかったからね。

 何が起こるかわからなかったから魔力温存するために脚を使ったんだけど……今思うと普通に術具使えばよかった。

 息も絶え絶えでやっと見つけてやったっていうのに君はクソ生意気だったなあ……

 帰るよって言っても聞かないし、そこまでは別によかったんだけどさー。

 この性犯罪者、って全力でシャウトされた時は流石に傷付いたよ。

 死んじまえとかお前なんて生まれてきなきゃよかった、的な事は耳にタコができるほど聞いてきたんだけどさー……うん……あれは、ナイワー。

 正直言って見捨ててもいっかなーって思った。

 まあ何もかも忘れてるんじゃ仕方ないって自分に言い聞かせて見捨てるのはやめたけど。

 迷子役にされた人は幼い姿に変えられて、その姿よりも成長した自分の記憶を失う、って前知識を持ってなかったら確実に見捨ててた。

 ラチがあかなかったから無理矢理君を両親から引き剥がして誘拐犯さながらに走り出した後も酷かったね、暴れるは迷宮生物キャスト共は追ってくるわ……

 途中でお前の両親の姿が迷宮生物本来の姿に戻ってなかったら多分積んでたね。

 ……積んでたら私はどうなってたか? ほんとうにききたい?

 うん、賢明だね。

 迷宮生物から逃げて一時的に隠れた路地裏で君に説明したけど……そういえばあの時君、どの程度話を理解……というか信用してたの?

 え……ほぼ信用してなかった? 利用してあそこから出たかっただけ……?

 ………………ソリャソウダヨネー、怪しさ全開だったもんねー。

 ……拗ねてなんかないし、というかいい加減離れたら? もう落ち着いたでしょ?

 ……ん? あの時柒木ナナギって名乗った理由? ちょうどその頃に使ってた名前だったからだよ?

 別に奈木でもツナでもカツテでも鉄華でも、本名と鉄凪カナ以外の名前だったらなんでもよかったんだよねー、ぶっちゃけ。

 特に深い理由はなかった。

 ちなみにわかってると思うけど全部偽名ね、ナナギも本名じゃない……はず。

 多分ね、鉄凪カナは本名とは一文字もかすってなかったはずだし、それの派生である他の偽名が本名と被ってるって事はないよ。

 それがどうした? 気になっただけ?

 ふーん……

 説明の後、半信半疑ながら信用してくれた君の手を引いて遊園地の出口に向かった頃にはすでに日が傾きかけてたっけ。

 途中で少しは話をして、その時にやっと君が迷子役になった理由を知ったよ。

 まさか君の両親があの光柱事件の時に行方不明になった被害者だったとはね……

 何さ、知ってるよ、あれは私のせいじゃない……私のせいじゃないもん……

 理解してる、あれは……あれだけは親父と母さんの八つ当たりだったってことくらい。

 でもさー時々思うんだよね、あの日、親父と母さんがあの場に駆けつけていたら何かが変わったのかなって。

 ……そう、かもね。そういう意味では、私はあの2人を生かしたのか。

 そういう発想はなかったなー、確かに巻き込まれてジ・エンドだった可能性の方が高いか。

 ……一つ、気が楽になった、ありがとう。

 ……それで、頑張って外に出たのは日が暮れる直前だったね。

 私、結構頑張ったでしょう。

 遊園地は迷子役が逃げ出そうとすると全力で阻止してくるどころか、保護者役まで捕食しようとする。

 なんて前知識は持ってたんだけどさー……あそこまで凄まじいとは思わなかったよ。

 パレードのフロート車が超特急で突っ込んできた時は本気で死ぬかと思ったし、途中でファンシーな西洋風の園内が超絶グロなホラーランドになった時は流石の私でもびびったし、君は絶叫して泣き出すし……

 グロかったよねー、グチュグチュしてたりヌタヌタしてたり目玉ゴロゴロしてたりテカテカしてたり腐ってたり……地獄絵図って感じだった。

 生理的に受け付けないもののオンパレードだった。

 そんなのがガチで襲いかかってくるんだもん、全力で逃げたね、君を脇に抱えて死にものぐるいで。

 脱出した直後に死んでもいいからあれだけには絶対に捕まりたくないって、今思うとあの時の私、軽いパニック状態になってた。

 テンションおかしかったし、やたらハイになってた気がする。

 音声だけ抜き取れば完全にギャグだったしねー。

 あんなに叫んだの人生であの時だけだよ……

 魔力を温存してたのはなんだかんだ言って正解だったんだろうね、結局魔力炉を暴走させたし、魔力回路も3回焼き切ったし。

 普段のテンションだったらもう少し少なく済んだと思うけどね。

 でも、その程度でなんとかなってよかったよ。

 ……あの程度の無茶はいつもやってたからねー、別に平気だったよ。

 本当、本当……一回の戦闘で寿命を二、三年捨てるくらい日常茶飯事……

 ……わかってるよ、もうやらない、ってか母様の血のおかげであの程度の戦闘なら寿命削れなくなったし。

 あいっかわらず過保護すぎるよ君は……あ。

 日が昇ってる……あーあ……結局夜が明けちゃったか……

 どう眠れそう?

 私は眠い……結構眠い……

 ダメだな私は……寝かしつけるつもりが自分が眠くなるなんて。

 てゆーか温いんだよ君……なんかすごい眠くなる温度、湯たんぽかよ。

 あ……やばい……本当に眠い……そういや……まだ一睡もしてなかったんだっけ……

 いやー……一徹くらい平気でできるんだけどねー……病み上がりじゃ流石にきついか……

 今日は……休み……だった気がする……病み上がりだから……休みたまえ……て、母様が……

 ……うん……そうする……おやすみ……君もちゃんと寝なよ……


 

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幻想遊園地 朝霧 @asagiri

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