先客

漆目人鳥

先客

Eさんが子供の頃、両親と旅行に行ったときのこと。


ホテルに宿泊した翌朝。


父親が、ロビーに飾ってある鎧冑を見てしきりに感心していた。

思わず「鎧好きなの?」と尋ねてみる。

すると本人、あまり鎧には興味がないと前置きして。


「これ、運ぶの大変だったろうと思ってねぇ」


「なんのこと?」と尋ね返す。


「入らなかったの?洞窟風呂?」


ホテルには、24時間中入浴できる洞窟風呂があった。

本当に洞窟の中にあるんじゃなく、地下に続く長くて急な階段を下りると、岩を積んだようにまわりの壁や湯船が作られ、洞窟の中にあるようになってるお風呂。


父親は、早朝の3時頃、ふと目が覚めてしまい、折角だから入って来ようと思い立ったという。


風呂場に着いた父親は、湯煙で視界の悪い中、円形をしたお風呂の真ん中に、まるで水面に正座しているような人影を見つけた。

自分のような経緯で風呂に入りに来た人なのだろう。

そう思うと、妙に親近感が湧き、気さくに声をかけたらしい。


「湯加減はどうですか?」


返事が無い。


ちょっとムッとして湯船に近づくと……。

なんと、そこには立派な鎧が置いてあった。


ふと、そのホテルのある土地は、平家の落人部落として有名な観光名所であった事を思い出す。


なかなか凝った趣向だと感心して、鎧を眺めながら入浴を楽しんだのだというのである。


「その鎧がこの鎧なんだよ。やー、あの急な階段を運ぶのは大変だったろうと思ってねぇ。落としたら大変だし、三人ぐらいで運ぶのかねぇ?」



そのお風呂には、僕も入った。


夜中の1時過ぎ。

寝付けなくて洞窟風呂に行った。でも……。



「鎧なんか無かったよ。とうさん」

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先客 漆目人鳥 @naname

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