エピローグ
朝、芽衣はあくびしながら自分の部屋を出た。
ほとんど寝ていない。しかし寝ていられない。学校があるし、隣の部屋が早いうちからごそごそと騒がしかった。
そんなふうに騒がしくなっているところは他にもある。移ったというべきか。芽衣は聞こえる方に行ってみた。お母さんの部屋だ。
「ママごめん! 今まで本当にごめん! おばちゃん扱いしたりしてごめん!」
「謝ってくれたならいいけど」
「それと、いつもケンカして……」
ケガをして寝ているお母さんに、葉津美が必死で謝っていた。夢の中にいたときよりすごい勢いかもしれない。
「あ、パパは?」
「店の準備をしてると思うけど」
「それなら……!」
葉津美はすぐさまお母さんの部屋を飛び出した。廊下を駆け抜けて店に飛び込む。
「パパもごめん! 勝手にレシート見たりプレゼントの値段を比べたりして!」
「どうしたの急に」
「こうしないと……」
そうしつつ、ときどき自分の手や体を見る。フクロウになっているんじゃないかと心配しているせいだ。
お父さんは「いそがしいから」といいつつ不思議そうな顔で調理場に引っ込んでいった。葉津美はその姿を目で追って、その途中で芽衣を見つけた。
すぐさま突っ込んでくる。芽衣からすれば、葉津美がそうしてきたときは決まってケンカを売ってくる前触れ。だから反射的にビクッとしたが、葉津美のやることはお父さんやお母さんのときと同じようなもの。
「芽衣、ごめん! 今までひどいことしてごめん!」
そういったかと思うと飛び出していって、いろいろ抱えて戻ってきた。夢の中で取り出していたものだ。
「これ、全部あたしが盗んでたの! あんたがあたしよりかわいがられてると思って、焼きもち焼いちゃったから! ごめんなさい!」
「う、うん」
芽衣はいいたいことが山のようにあったが、勢いに押されてしまった。
「あの……芽衣?」
葉津美はおずおずと問いかけてきた。
「キューちゃん、本当にいなくなっちゃったの? どこに行ったか知らない? 仲よかったでしょ?」
「さあ……」
シロトラ様と裏山にいる、とはいえない。昨晩はシロトラ様と一緒に戻ってきたが、また姿を消してしまった。
のそりと現れた動物がいて、葉津美は気配を感じたのか期待した顔で振り返った。しかしそこにいたものは、キューちゃんよりずっと大きい。
シンヤだった。夢の世界から帰った後も押し入れにこもっていたが、ようやく出てきたようだ。
「ひい……」
葉津美は青い顔になって腰を抜かした。シンヤから遠ざかろうと、懸命に床の上でもがく。
「あたしを、食べようとして……!」
どんどん下がって、開けっ放しにしていた出入り口から店の外まで行ってしまったほど。
シンヤはニヤリとした。ただの動物がそんな顔をするわけはないが、芽衣はそうだと確信した。夢の中でのいら立ちをどこかにぶつけたいと思っていたのだろう。
(お姉ちゃんがビクビクしてるからちょうどいいってこと? 飼い主相手にそんなことする?)
しつけがなっていないどころではない。調子に乗りすぎ。芽衣からしても困った状況だ。
(お姉ちゃん、こんな調子じゃダメだよ。ちゃんとシンヤをしつけないとシロトラ様が納得してくれないかも)
シンヤが飛びかかろうとしたとき、芽衣は夢の中にいたときと同じようなものを見た。
おびえている葉津美と不満げなシンヤ。その間にキューちゃんが割り込んだ。夢の中にいたときと違ってかみつきはしないものの、ハーッ! とシンヤにうなる。
何日か前はキューちゃんにかみついたシンヤだったが、今日は縮こまった。こびるような声まで出す。
(夢の中で痛めつけられたって覚えてるんだ。それにしても、キューちゃんすごいな。自分より大きなシンヤを怒って止めようとするなんて。夢の中でも、ケガをしたときも)
芽衣は二匹を見ているうちに悟ることができた。
(キューちゃんは小さいけど三年も生きてる。シンヤは大きいけど、お姉ちゃんの話だと生まれて半年しかたってない。キューちゃんから見れば自分がお兄ちゃんってことなのかも。お姉ちゃんはキューちゃんを見習ったら?)
白い目で見たとき、葉津美はキューちゃんにうずくまっていた。
「ごめんなさい! あたしが全部悪かったんです! だからフクロウにしないで!」
すっかり守り神だと信じてしまっている。この様子を撮影して学校で公開したら、今まで困らされてきた人たちが大爆笑……と芽衣は考えたが、そこまでしなくてもよさそう。店の前でやっているので、通りすがった人たちがくすくす笑ったりしていた。
『やれやれだな。とはいえ、これで少しはまともになってくれるとよいのだがな。シンヤのしつけも、キューを見習うことだ』
見ると、シロトラ様が芽衣のそばに浮かんでいた。苦笑いしながら葉津美を見下ろしている。
(戻ってきてくれたんだ!)
その姿を見た芽衣は、辺りにたまっていたよどみが消えたとすら観じた。もしかすると、本当にそうだったのかもしれない。
「芽衣さん」
名を呼ばれて顔を上げると、そこにいたのは大森さん。そして、その後ろにいる小川さん。夢の中以外では、姿を見るのは数日ぶり。いつも堂々としている小川さんなのに、今日は恥ずかしそうにうつむいて、小声で芽衣に話しかけてきた。
「あの、店長……お父さんは……」
「います! おとーさーん!」
呼ぶとすぐにお父さんが出てきて、小川さんがいることとその様子におどろいた。
「もしかして、戻ってきてくれるのかい?」
「はい……あたしも落ち着いて考えたんですが……」
ぽつりぽつりと話す。どうも大森さんに説得されたようだった。いつも無口な大森さんだが、やるべきときはやるのかもしれない。
この状況も長続きしない。葉津美は大森さんたちにもさっきまでと同じようにし始めた。
「ごめんなさい二人とも! わがままいったり犬のフンを片づけさせたりして!」
大森さんも小川さんも突然の変わりように戸惑った。そうしている一方、店の中で電話が鳴り始めた。お父さんが急いで中に戻って、受話器を取る。おどろいた顔になって、うれしそうな顔に変わる。
「また、お土産売り場にうちのまんじゅうを置いてくれる? 迷惑なんて、そんなことないですよ!」
(よかった。これで元どおりだ)
店の中で聞き耳を立てた芽衣はホッとしたが、葉津美はまだ落ち着けないようだった。
「あたし、早く学校に行かないと! クラスの子や先生にも……でないと、ほうほう病が!」
バタバタと引っ込んで、多めの荷物を抱えて出てきた。
「行ってきます!」
電話を終えたお父さんが追ってきた。
「ご飯は?」
「それどころじゃない!」
葉津美はかさばる荷物に困りながら駆けていった。
これなら大丈夫そう。葉津美はしばらくビクビクしながら過ごすはず。適当なところで「もういいんじゃない?」といってあげればいい。でも、あと少しだけ……芽衣はそんなことも考えてしまうのだった。
完
シロトラ様、怒る! 大葉よしはる @y-ohba
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