第38話 ヒメル対ブリジット 決着
『ヒメル、いい加減に俺を拾え! おいって、こら』
ゲアハルトに呼びかけられ、ヒメルが目覚めたように瞬きを繰り返した。
「あら。私気を失ってたの? ブリジット……どうして。あ、ゲアハルト」
ヒメルがカノーネを手にする。ブリジットはその隙を突くどころではなかった。
『お前、どうしたというんだ。覚えていないのか』
「さあ? 何があったの」
『ああ。お前がブリジットを殴り飛ばしたんだ。それに、お前を怒らせたらおっかないってのも、よく分かった』
あまり分かっていなさそうにヒメルが頷いた。
「独り言とは莫迦にしてくれるね、〈カノーネの恋人〉! これで勝ったなんて思うんじゃないよ。私はまだ戦える!!」
ブリジットが残る右手を振り被る。ヒメルは困惑を胸中から切り捨てて即応。踏み込みざまカノーネを横に一閃させた。ブリジットが挙動を中断して守勢に回り、右手一本で砲身を受け止める。
ヒメルの怪力で揮われたカノーネは、そのまま巨大な鈍器と化す。片腕でその破壊力に抗しきれず、ブリジットは横向きに飛ばされて左半身から地面に激突した。負傷した左腕を打ちつけた彼女は堪えきれずに苦鳴を上げる。
体術の専門家だけあって片手で器用にブリジットが起き上がった。籠手の破片で切ったのか、額から流れる一筋の血流が顎まで滴り、その頬に金髪が張りついていた。
ヒメルの追撃が続き、射出された砲弾を掌で展開した光の盾でブリジットが防ぐ。余力があれば爆発の間隙を縫ってヒメルに詰め寄るところだが、今のブリジットは防御で手一杯だった。痛みで構えが疎かになり、四発目の砲撃で盾を破られたブリジットが転倒した。
自分の無様な姿に逆上したブリジットは即座に立ち上がる。全身全霊の演算で情報の圧縮された〈識〉を練り上げ、全力の一撃を完成させた。右手の籠手を螺旋状にとり巻く複雑な演算式が、その脅威を視覚化している。
「これで、これで最後だ! 〈カノーネの恋人〉。私の金光で、細胞の一片も残さずに消滅させてくれる!」
ブリジットの怒声を浴びたヒメルも、彼女の決死の覚悟を感じてカノーネを構えた。
『ブリジット……。ヒメル、あいつはお前を殺すまでは諦めないだろう。後顧の憂いのないように決着をつけてやってくれ』
ゲアハルトが沈痛な声音を押し出して〈識〉の演算を始めた。
「分かったわ」
ヒメルも演算に加わり、二人分の演算による強大で精緻な〈識〉が組み立てられる。
戦いの
カノーネの砲口から迸ったのは、小型
ブリジットの拳が大規模な光を放つ。その光弾の大きさは、これまでの比ではない。直視すれば網膜が焼けそうな金色の塊がヒメルの視界を席巻し、虚空を圧しながら殺到した。その巨大な光の前に、円筒弾は炎に飛び込む羽虫のように飲み込まれていく。
ブリジットは幾分か蒼白になった顔に嘲弄の片鱗を宿した。どんな切り札があるかと思えば、円筒弾の数を増やしただけとは芸がない。円筒弾の火力不足は明白で、光弾が相殺されるよりも先にヒメルの身を光弾が粉々にするだろう。
勝利はブリジットの目前にあった。
不意にブリジットが眉をしかめる。光弾が急激に輝きを失い、段々と収縮していったのだ。これではヒメルに到達するどころかその途中で消滅してしまう。ありうるはずがない。どれだけ大群となっても、象の前に蟻は無力なのだ。あの光弾を相殺することなど……。
そのとき、ブリジットはヒメルの放った円筒弾の一つ一つが淡い光を帯びているのに気がついた。それが彼女にヒメルの詭計を覚らせる。
ヒメルは、普通なら使用者の周囲に形成する防御〈識〉を、あの円筒弾の個々に至るまで張り巡らせていたのだ。円筒弾の爆破だけでなく、それに光の盾も加算し、巨大な光弾を二重の効果で損耗させた。ブリジットの戦法を知るゲアハルトが次手を予測し、二人の高度な演算を合わせて成しえる対処法だった。
「小細工を弄して……! こんなことで私が!」
ブリジットが叫びを上げ、ついに光弾が粒子となって虚無に帰った。残った数発の円筒弾がブリジットに飛来、彼女が〈識〉を紡ぐ暇もなく眼前に迫った。
「ちくしょう、ちくしょう! こんなの……!」
その言葉を言い終えることなく、ブリジットに弾頭が着弾。ブリジットの姿が爆発にかき消される。その爆心地の後方で再び爆炎が起き、数珠繋ぎのように後退しつつ爆破が連鎖した。閃光が瞬くたびにブリジットは後ろに吹き飛ばされる。建物の壁際に追い詰められて後が無くなったとき、最後の一発がブリジットごと壁を破壊した。
ブリジットが沈黙し、周辺一帯を囲んでいた光の結界が消失した。明瞭になった背景で警察が忙しなく動いており、やっと閉鎖が解かれた空間に佇立しているのがヒメルだけと見ると、警官達の間で驚嘆が上がった。
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