第24話 新たな依頼

「お前が言いたいことはそれだけか。だったら、病院で話してもよかったものを」

「いや、一応こっちも朗報を用意している。ヒメルへの依頼を継続するという案が出されてな。折衝役である俺がヒメルにこの話を持ち出すことになった」

「その話をデダラスから最初に聞いたのは私なのよ。仲介人でもあるしね。私は、ヒメル次第だって、そう返事をしたの」

「つまり、それが本題ってわけね」

「そうだ。お前達にとっても悪い話じゃないだろう。このままなら依頼料はふいになるが、継続すれば料金を受けとれる機会も増えるからな」

「どちらにしろ、内容を聞いてからだぞ」

 すかさずゲアハルトが言い放った。



「ああ。ここ数日の捜査で、色々と進展があった。まずは、それを聞かせておこう」

 デダラスが言葉を切ると、手際よくシャルロッテが二人の飲み物を新しく作る。ヒメルの酒はもう三杯目だろう、そう指摘する機をゲアハルトは逸していた。

「解散した〈四宝組〉の一員を問い質して分かったことがある。最初の依頼で〈青狼屋〉の構成員が殺害された事件があったと言ったが、あれは〈四宝組〉が仕組んだことだ。アーマンドの拳銃を盗むように買収した男が、目的を果たせず追手に殺されたらしい」

「だが、アーマンドは銃を盗まれたと言っていたぞ。裏切り者は殺されても、拳銃は取り戻せなかったということか」

「どうやら、そうらしい。追手は裏切り者を始末したはいいが、銃を回収することはできていない。その紛失した銃を第三者が手に入れて、連続殺人の道具にしている。被害者は八名だったが、昨日の朝九名に増えた。警察官の死体が発見され、その銃弾の旋条が、これまでの殺人事件で使われた銃と一致している。同一犯の可能性が高い」

 デダラスの声が怒りに震えた。



「死んだのは交番勤務の二二歳の巡査だ。あんな若者を狙うなんて、何て奴だ……」

「以前に話した奴だな。チンピラとどこかの従業員だかを殺した犯人。今度は警官を狙ったのか。それで?」

「ああ。目線を変えて〈青狼屋〉に移すが、あそこの構成員も忙しそうだ。顔見知りの一人を締め上げて吐かせたが、幹部が逃亡したんだと。その幹部は〈四宝組〉の事件で、アーマンドやアウルス夫妻と一緒にいた女らしい。名前は、ブリジットだったな」

 ヒメルはゲアハルトに視線を注いだ。彼に顔があれば、どんな表情をしているのだろう。

 ゲアハルトは言葉を発しなかった。二人の動揺を知らずに、デダラスは説明を続ける。



「どうやら裏切り者の追手というのも、そのブリジットだったようだ。アーマンドの銃を紛失し、それが別件の殺人に利用されていることが発覚して、身の安全を図って行方を眩ましたというのが妥当な見方だろう。つまり〈青狼屋〉はブリジットの始末をつけるため、必死にその女を探しているわけだ」

 ゲアハルトが重い息を吐いた。胸中の名状しがたい思いを言語化することはせずに、ありきたりな一言を返した。

「当然、その・・ブリジットと〈青狼屋〉との間に争いが起こる懸念があるのだな」

「そうだ。それにブリジットは今のところ巧みに潜伏しているが、〈青狼屋〉の情報網を潜り抜けて市外に逃亡することは不可能だろう。その結果、ブリジットが暴発することも考えられる。その両者が原因となる騒動が発生した場合、警察の要請でそれをヒメルに鎮圧してもらう。それが今回の依頼だ」

 ゲアハルトとブリジットの関係を知る由もないデダラスが静かに言う。



 ヒメルはゲアハルトの様子を窺った。黒光りする鋼鉄の肌は顔色を変じることはないが、混沌とした感情を押し殺すような異様な気配が滲み出ている。彼と数年の長きに渡って相棒だったヒメルにとって、ゲアハルトの苦悩は忖度するまでもなかった。

「ゲアハルト、どうする?」

「ヒメルが決めてくれ。俺はそれに従おう」

 抑揚のない声音でゲアハルトが答える。ヒメルは決定権を丸投げされた形になった。

 ゲアハルトとブリジットを繋ぐ因縁の糸を知るヒメルは、彼がどういう結論を望んでいるのだろうかと思考を巡らす他ない。



 ゲアハルトとしては、かつての兄弟弟子であるブリジットに関わりたいはずだ。恐らくゲアハルトが意思決定をヒメルに委ねたのは、彼女に遠慮してのことだろう。ヒメルがゲアハルト達の関係に深入りするのをいとえば、依頼を断ってもよいと思っているのだ。そこまで推考できればヒメルの回答は決まっている。

「分かったわ。依頼を受ける」

「よかった。助かるよ。正直、アーマンドやブリジット、アウルス夫妻らの高位識使を相手に戦える人物なんて限られるからな」

 デダラスは如実に安心した顔を作った。



「俺はヒメルと一緒に行動するしかないからな。異存はないぜ、ヒメル」

 ゲアハルトは内心を覚らせることはせずに、ヒメルへの賛意を示す。

「そういうわけだ、デダラス。お偉方に、そう伝えてもらおうか」

「ああ。問題ないな。シャルロッテ」

「勿論。本人の意向ならね」

 シャルロッテがヒメルの酒杯に四杯目の酒を注ぎながら頷いた。

「ブリジットと〈青狼屋〉は私が請け負うとして、その連続殺人犯は大丈夫なの」

「それは俺達警察の専門だ。任せてもらう。犯人の目星だってつけているからな」

 自信ありげなデダラスの口調に、ヒメルとゲアハルトは反問を封じられた。



「それじゃあ、ヒメル。あまり無理をしないように頑張ってね」

「うん。頑張って無理をしないようにするわ」

「お前達の間でどういう会話が成り立っているんだよ」

 そのとき、無線機の呼び出し音が鳴り、デダラスが端末に応答する。

「ああ、俺だ。……そうか。すぐ現場に向かう」

 返答は事務的だったものの、デダラスの顔が青ざめたことに気づかない者はいなかった。



「あら、急用かしら」

 慌ただしく席を立ったデダラスが出口に向かうと、その背にシャルロッテの問いが投げかけられる。彼はそれに緊迫という色を塗った表情を返した。

「そうだ。例の連続殺人だが、その被害者がこれから十名に増えるかもしれん。警官の死体がまた発見された。俺は現場に向かう。ヒメル、依頼の件は頼りにしているからな」

 そう言い残して、デダラス刑事は酒場を後にした。

「私も病院で聞いたけど、嫌な事件ね」

「ああ、そうだな。だが、それはあいつに任せよう。犯罪に関しては専門家だからな」

「へえ、意外と認めているのねえ」

「犯罪に関して、だけだ」

 ヒメルは残った酒を喉に注ぎ込んだ。さすがにおかわりを頼むことはしなかった。

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