第15話 アーマンドとの戦い 壱

「あれまあ。手塩にかけた我が子が哀れじゃのう」

 アウルス夫妻はさすがに動揺したのか、視線をヒメルに注いだまま瞠目している。それでも手札はまだ残っているらしく、今度は夫婦揃って指環で演算を開始した。

「もういい。爺さん婆さん、ご苦労だったな。下がってもらおう」

 二人の作業を制止したのはアーマンドの声だった。夫妻はアーマンドを見返すと、静かに引き下がる。あの二人に有無を言わさず命令できるのが、彼の非凡さを表しているかもしれないとゲアハルトは思った。

「お嬢ちゃん、いや、あんた名前は?」

「ヒメル」

「俺はアーマンドだ。ここに乗り込んでくるのだから、俺のことくらい知っているだろうが、改めて自己紹介させてもらう。ヒメル、あんたを試すようなことして悪かった。その必要はないのだと、気づかされたよ」



 アーマンドの口調は、それまでの面白がるような色調が消えて淡々としたものだった。

「その巨大なバズーカ、帝国の本国語じゃ、カノーネと呼ぶのだったか。あんたを見て〈カノーネの恋人〉という二つ名を思い出した。この街では、聞こえた名だそうだな」

「そんなことないわ」

『頬が緩んでいるぞ』

 ゲアハルトに指摘され、ヒメルが頬に手を当てる。

「功名心で俺を狙う三下の手合いが多くてね。あんたもその輩かと思った。だが、アウルスの爺さん婆さんを相手に引けを取らないのなら、俺と戦うには充分な実力さ」

 そう言うと、アーマンドは腰に吊るされた革帯から一丁の拳銃を抜いた。

「俺の二つ名を知っているか。〈二丁拳銃〉というんだが、これは手抜きじゃない。もう一丁は盗まれてしまってな。ま、気にするな」

 事も無げにアーマンドが言った。それで語るべき言葉は尽きたというふうに、彼の纏う雰囲気が一変する。右半面だけを笑みの形に歪め、右目下の泣き黒子が吊り上がった。



『ヒメル、今からでも遅くない。デダラスに応援を頼もう。奴はちょっとばかし強すぎる』

 ヒメルはゲアハルトの忠告を無視し、全身に警鐘を鳴らした。敵の動きに対して即座に反応できるように、四肢に緊張を漲らせる。

 アーマンドが銃を持っていない左手で〈四宝組〉組長の襟を掴む。いきなり片手を翻し、その死体をヒメル目がけて投げつけた。

 それを予期していたヒメルが横に跳んで回避。銃声は一発に聞こえたが、死体には三つの孔が開く。不意打ちを逃れたヒメルを追ってさらに銃弾が飛来した。

 ヒメルがカノーネを盾にすると、その砲身に幾つもの火花が閃く。一発の弾丸がヒメルの肩を切り裂いて後ろの壁に穿たれた。浅手と判じたヒメルは意に介さず、砲身に身を隠して彼我の距離を詰める。



 空間の限られた室内ではカノーネの砲弾を撃つことはできない。ヒメルに残された勝機は肉弾戦に持ち込んで、力押しの勝負を挑むことだけだった。

 その意図を読んでいるアーマンドは、横にある組長を座らせていた椅子を蹴った。床を滑った椅子がヒメルの脚に直撃して体勢を崩させる。

 しゃにむにヒメルは身を投げ出して床を転がった。その寸前まで彼女がいた場所を灼熱の弾丸が食い千切り、椅子の原型を留めぬまでに破壊する。

 膝立ちとなって身構えるヒメルを目にしながら、アーマンドは発砲を控える。その間がアーマンドの弾切れを無言のうちに告げていた。ヒメルは記憶の糸を辿り、アーマンドの銃の装弾数を一三発と割り出した。



 ヒメルに与えられた猶予は僅かだった。瞬時に演算を終えたアーマンドが弾丸の再装填された銃の狙いをヒメルに定める。

 正確に急所を射抜く銃撃が、ヒメルにその着弾点を予測させていた。急所をカノーネの陰に潜め、中心を外れた弾に四肢の肉を抉られながら、ヒメルが肉迫する。鮮血の羽衣を帯びたヒメルが苦心の果てに、アーマンドを間合いに捉えた。カノーネを肩から離し、両手のみで砲身を操るのがヒメルの接近戦である。

 ヒメルが大振りにカノーネを叩きつけると、アーマンドは軽く身を引いた。さらにヒメルは踏み込んで横薙ぎの一撃を見舞う。

 当たれば頭部が弾け飛ぶ威力を秘めた攻撃を、しかしアーマンドは涼しげな顔をして潜り抜ける。乱れた橙色の前髪を、首を振って払う余裕すら見せた。



 連続して繰り出される暴風域に身を置きながら、アーマンドはしなやかに動いてヒメルに触れることを許さない。

 防戦に回るのに飽きたのか、様子見を終えたと言わんばかりにアーマンドが攻勢に移る。ヒメルの空振りに乗じて一歩踏み出し、雑な右蹴りを放った。防御する間もなく、その革靴がヒメルの左脇腹にめり込み、その顔が苦悶に歪む。

 ヒメルの動作に遅滞が生まれると、アーマンドは足を引き戻しざま銃口を下に向けて発砲。左の脛を撃ち抜かれたヒメルが反射的に左足を上げる。重心の均衡を崩したヒメルが仰け反って顎が上向きになった。

 アーマンドの右足が縦の軌道を描き、その爪先がヒメルの顎を引っかけるように蹴り上げる。自身が倒れる勢いにアーマンドの蹴りの力が加算され、ヒメルは宙で一回転して俯せに倒れ込んだ。手放したカノーネの砲身が傍らで重たい音を立てる。

 ヒメルは即座に体勢を立て直してカノーネを手にしたが、無防備な姿を晒すヒメルに銃弾を放たなかったのは、アーマンドが手加減した以外に理由はない。



「意識を保っているのは当然として、まだやる気があるのは称賛ものだ。見所がある」

 すでにヒメルと距離をとっているアーマンドが呟いた。未だヒメルの瞳に戦意が失われていないことに感嘆している。

「だが、なぜ外の警察に助けを呼ばないんだ。あんた一人が頑張る必要があるのかい」

 その精神は強靭でも、ヒメルの肉体は消耗を隠せない。荒い息を吐いて彼女は答える。

「私があんたを弱らせれば、傷つく人が減るじゃない。簡単な話よね」

「話はな。実行するのはそう簡単じゃないと、今しがた教えたはずだ」

 アーマンドは彼女の気が知れないというふうに首を振った。

『デダラスがうるさいぞ。上司と部下に急かされているんだと。このままじゃ、お前もまずいのは分かるだろう、ヒメル』

『待たせておいて、もう少し。きっとあの男を倒してみせるから』

 通信でゲアハルトを抑えたヒメルがカノーネを構え直す。

『仕方ない。ヒメル、撃て』

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