第4話 仲介人・シャルロッテ
「シャルロッテがね、今回の仕事は厄介かもって言ってたわ」
ヒメルが言う。その素気なさには、先ほどの屈託は残っていない。自然な日常の会話だ。
「あの女の回す仕事が楽だったためしがない。腕っぷしが自慢のお前とはいえ、あの過酷な依頼は異常だ。この前も、お前の実戦経験の少なさを加味してくれと頼んだばかりだぞ」
「でも、私みたいな新参者にもすぐ依頼を割り振ってくれるのは珍しいって、最初あなたが言っていたんじゃないの」
「最初はな。だが、あれは単によそで毛嫌いされている仕事を体よくお前に持ってきているだけだ。あの女、いったいどれほどの人間を笑顔で誤魔化しているのやら」
ゲアハルトが言い終わったとき、ヒメルは建物の地下に通じる階段を下り、鉄製の扉を目前にしていた。頭上には、今は点灯していないが夜になったら青く光る電飾で縁どられた『シャルロッテの酒場』という看板が掲げられていた。
「さ、着いたわ。今日も助けてくれるんでしょう、ゲアハルト?」
「俺にできる範囲内の話でな」
ヒメルは笑って、店内に入った。
「あら、今日も元気そうね、ヒメル」
そう言って二人を出迎えたのはこの酒場の主である妙齢の美女、シャルロッテであった。
陶芸家が一生分の丹精をこめて練り上げたような磁器を想像させる光沢のある肌と、乳白色の長髪。それと対照的な黒い瞳と暗色の服装が柔和な色香を生んでいる。薄暗い照明に淡く浮き立つしなやかな女性が、その存在に似合う微笑で面を染めた。
酒場を経営する傍ら、非合法な依頼を請け負って金を必要とする人間に仲介を行う、この街屈指の仲介人であるシャルロッテは、三十代前半ほどの外見には不釣り合いな成熟した笑顔と身振りでヒメルに席を進めた。
「さ、座って」
ヒメルはシャルロッテと向き合うように木製のカウンターの席に着いた。
「いつものでいいかしら」
「うん」
頷いて、酒が出てくるのを待っている間、ヒメルは店内を見渡した。室内はさして広くなく、八人掛けのカウンターの他には、円卓が二つ置かれているだけだ。昼間は営業時間外なので客はいない。
シャルロッテが琥珀色の液体と氷の入った酒杯を差し出した。
「おい、俺の分はないのか」
「あら、あなたに無駄口を吐く以外に使える口があるのかしら?」
シャルロッテの切り返しに、ゲアハルトは満足したように笑いを漏らして沈黙する。
「ヒメル、前回の仕事はご苦労様。屋内の戦いで死人を出さないというのは、あなたには不向きだとは思っていたのだけれど。上出来な働きだったようね」
「何だ、向いていないと分かっていたんじゃないか」
ゲアハルトの指摘を笑みで受け流しつつ、シャルロッテはヒメルに顔を向けた。
「あなたに期待してよかったわ。さすがね、ヒメル」
「ええ、相手が弱かったから」
ヒメルは酒で唇を湿らせてから答えた。
「あれから何日も経っていないのに、新しい仕事の話で呼び出して、ごめんなさい」
「いいってば。こっちは食いっぱぐれることがなければ充分なんだし」
「依頼内容が少し危ないから候補が限られていたのよ。シュガーには他の仕事を任せているし、フィガロは連絡がつかなくて」
この街、グードゥルーンは、その発展に伴って犯罪で利益を得る地下組織も勢力を伸張してきた都市である。社会の影に深く根を張った犯罪組織を抑圧するため警官の数も多いが、携行できる武装に制限が加えられている一般の警察官では、何でもありの犯罪者に対して自然と劣勢にならざるをえない。
その戦力差を補うため、ヒメル達のような民間の戦科識使が警察から公的に支援を依頼されることも、この街では珍しくないのだった。もちろん依頼料という金銭の流れも発生するので、それを生活の糧とする者も存在した。顔の広い仲介人を通せば、公的機関だけでなく民間人や企業各所からの依頼にもありつける。
「ま、あんな奴らよりも、俺とこいつの方が役に立つさ。実質二人分の働きをするのに、報酬は一人分で割安になるところなんか得だろう」
空になったヒメルの酒杯におかわりを注いでやりながら、シャルロッテは笑みを返す。
「実質二人分かは分からないけれど、ヒメルは頼りにしているわ。それじゃあ、早速仕事の話を始めてもいいかしら」
ヒメルは首肯した。ゲアハルトも真剣な話題に入ると軽口を控える。
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