第2話
暗い暗幕
暗い水面
そこにほんのり白く湧き上がる塊。
闇と白とがもみ合って立ち上がり
人に似た形になり、いっと顔を上げる。織田信長である。
秀吉の血の気が引く音が聞こえた。
信長は気怠げに周囲を見回し、退屈そうにアクビをした。
謀りおって。苦笑して秀吉は帰って行った。
古田織部の置いていったドンブリに謎の枯れ草を入れて、利休は秀吉が嫌だと言った信長を呼び出した。
何度か使ってコツは分かっていたし、秀吉がどうなるか見たかったのだ。
虚ろな紙細工のような、信長が白い顔をして現れはしたが、利休には修験者が使う幻術の類くらいにしか見えなかった。信長は面倒臭げに周囲を見回す。利休の横では、紙細工のような信長を見て、秀吉がとめどなく涙を流していた。信長を拝んでいた。涙と鼻汁と顔からでる汗か何かが畳に滴った。
紙細工の信長は、不思議そうに利休や秀吉を眺めていたが、やがてガサリと崩れ去った。笑ったようにも見えたが、光の加減かもしれない。
秀吉の嗚咽が利休の部屋に満ちた。利休が入れたお茶を秀吉は何杯も何杯も飲んで、最後には妙に乾いた笑い声を一時立てて帰って行った。
もうすぐ夜。
秀吉が信長を見て流した、液体が畳の上にある。利休はそれを懐紙にそっと染み込ませて。匂いを嗅ぎ。舐めて見た。天下の味かとも思ったが、ただ塩辛く苦かった。
満天の星があり、月があり太陽があり、その下に日の本がある。丸い大地の反対側にも人がいて、皆逆立ちをしながら生きている。雲の上には神々やデウスがいるそうだ、地の底には鬼や地獄があるそうだ。不思議なことだが、そう言うわけのわからない不思議なものの中で何とか生き、何とか争い、何とかお茶を立てている。懐紙を眺める。あの世とこの世、わけがわからないが、秀吉は楽しそうであったし、利休も楽しいといえた。信長だけが、不可解にしているように思えたが、元々ああ言う人だった気もする。
古田のドンブリを眺める。
出来は良く無いが、大いに人の気持ちを掻き立てる事ができるこの器に、利休は軽い嫉妬を覚えた。
利休の部屋 佐藤正樹 @cha
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。利休の部屋の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます