利休の部屋

佐藤正樹

第1話

利休の部屋


茶も飲む

酒も飲む

湯も飲む

水も飲む

丁寧に飲む

貪るように飲む

普通に飲む

色々やってみた

液体というのは捕らえどころがない

殴ろうとも切ろうともどうしようもない

ただ、器には収まる。

四角い器では四角くなり

丸い器では丸く収まる

器は液体を支配していると言えるのか

実は小便も飲んでみた事がある。

女の小便を飲み

自分の小便も飲んだ

全て同じこの器を使った

色々飲んできたが、やはり茶がじぶんには合っているように思う。

人にそれぞれの形があるなら自分は器がいい

器たるべし、なるべくなら大器たるべし

私とて大丈夫の一人。

そう、考えているうちに主がきた

小男と言っていい主は、名を秀吉と言った。

せかせかと入ってきてドシリと座る。

百年を超える大乱を収め日の本を一つにした男だけに佇まいに凄みがあった。

「茶をくれ」

お前の茶はうまいからと快活に笑う


「それでの、バテレン共がいう世界が丸いというのはどういう事かわかったか?」

「月ですかな、それに太陽もと利休は答えた」

「上様は一瞬で分かられたというが、自分には分からない。それがなんとも口惜しいような嬉しいような

信長公は誠に偉大であった」

秀吉の顔がくしゃっと歪む、目尻の涙は本物だろう。

もう骨になったがのと付け足し笑った。その笑いも本物だろう。二つが二つとも本当で秀吉の中にある。

本能寺で信長の骨は見つからなかった。かと言って生きているはずもない。生きていれば名乗り出てくるはずであるし、家中随一の明智光秀が整え尽くして寝込みを襲ったのだ。あらかじめ本能寺に運び込んであった火薬樽ごと上様は粉微塵に吹き飛んだ。そう言われている。光秀が信長の首を探し出せなかったその一点を足がかりに、上様はご健在と噂を吹きまくって明智を倒したのが自分の前に座っている秀吉だ。

月と太陽は陰と陽の対であるはずだろう。そこにこの世界が入るのがわからん。そうは思わんか。三つになってしまう。そう言って秀吉は茶を飲む。

「神仏もデウスも上様は信じておられなかったようですから、陰陽道なども同じく信じていなかったのではないですか」

「そうかもしれん。世界が丸い。として、反対側の住人どもは逆立ちをして暮らしておるのだろう。それでは不便はないのかと言ってまた笑う」

誠に不思議な事だと利休も思った。

「わからぬ事は多いですな」


「そうよ、それよ、まるでわからん。わしらは阿呆なのかもしれんのう」

「阿呆であっても別段生活に不足ありませんから私は阿呆でも構いませんが」


微妙な沈黙が二人の間に流れた


「あのよ、利休そこは違うだろう。仮にもわしは主君なんだから立てないと、盛り上がらないだろ?

だからつまりよ、突き放すんじゃなくて、お前今突き放したものな、だから突き放す投げっぱなしじゃなくて、共にコケる感じっていうの? 私は阿呆では困りますから、無理ですからとかをさ、言ってくれないと、俺が本当に阿呆みたいじゃん。それはダメでしょ。無理だよね。だって俺ってさ、百姓から身を起こして日本一の太閤やってんだよ。アホじゃあ勤まらないじゃない? 当たり前じゃない? それをなぜに両方でアホをやらないといけないの? 神仏の前では皆があほとか言っちゃうのかい? それはちょっとなー やっちゃった感があるよ今のアホの話。もう、なんていうかたまんないよね、俺の人生みてきたの? 違うよね、ちら見だよね。全員アホってかっこいいけど、にんげんかっこつけたらおしまいな気がしないか、え利休くん。どーなのそこんとこ。信長公がいたら悲しむなぁ、どうしたら良いんだろうなあ。ふーー お茶ちょうだい。喋ったら喉かわいた。もうあれだ、どんぶりでお茶ちょうだい」


「どんぶり。いやここにはどんぶりありませんから、外の者に持ってくるように言いましょう」


「利休。だから俺はアホじゃないからの? 愚弄してはいかんよ、後ろの床の間にあるものを使いましょうよと、言ってるんんだよ、そのなんかでっかいの、それで俺はお茶を飲むんだよ」


「ああ、これはダメです、先日、古田様が置いて言った物ですから、あの方は私の部屋を物置と勘違いでもしているのか、色々置いていかれて困るんですよ、これもその一つですから」


「なるほど、でもな、利休も古田も俺の家臣なんだから、問題ないから、そのどんぶりで頼むわ」


「バテレンの宝具と古田様は言っていましたが」


「ほう。そのどんぶりにどんな効能があるんだよ」


「有り体に言えば死者を呼び出せる宝具だと言っておりました。古田様はこれで聖徳太子を呼び出すのだと張り切っておりましたが、人の形をした土器が呼び出されて。私と古田様でしばらく土器を眺めておりました。ですから、効果はありますが、曖昧なもので」


「やろうじゃないか。それを使って誰か呼び出そうぞ。例えば誰かおらんか」


「信長公では?」


「利休やめろ。それは許さん。単純にこわい。わし睨まれて死ぬかもしれん」


「それですと、誰でしょうな」


「一回しかできない訳ではあるまい?試しに誰か呼び出そう」


「では、まあ適当にそのへんで死んだ誰かを呼び出しましょうか」


「どうやるんだ?」


「この中にこの枯れ草を入れて燃やせば良いだけだと古田様が言っておりました」


「簡単ではないか」

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