007:ギルドマスター

「はぁ、はぁ、はぁ」


 小高い丘の上を目指し、一心不乱に僕は走っていた。

 背後から、ばさり、ばさりと恐ろしく大きな羽音が聞こえる。

 振り返ってはいけない。振り返れば、殺される――。


 必死に前だけを向き、ついに丘の頂上へと辿り着く。

(ここまで来れば―――)

 そう思い、後ろを振り返った。


――ばさぁっ!!


 その瞬間僕の目に映ったのは。巨大な大鳥ガルーアが鋭い鉤爪を振り下ろす瞬間だった――


*


「おい、起きろ。小僧」


 乱暴にそう叩き起こされて、思わず目を瞬かせる。


「あれっ、大鳥ガルーアは?」

「そんなの、俺がとっくに退治したぞ」

「えっ、……どうやって?」

「どうやってって、この火弓と火魔法で丸焼きよ。骨まで焼き尽くしてやったぜ」


 ニンマリとそう笑うのは、武骨なアーマーに身を包み、口元には無精髭を生やした男。いかにも流しの用心棒といった風貌だ。


「あーー、燃やしちゃったのか。大鳥ガルーアの爪、取れなかったな……。でもおじさん、戦士なのに魔法使えるの? 凄いね!」


「まぁな。俺ほどのレベルにもなると、魔法くらい……。とは言っても、火属性の魔法しか使えねぇけどな」


「あの大鳥ガルーアを一人で倒したんでしょ? 凄いよ!」


「ははっ、このくらい朝飯前さ。 噂じゃ、ある伝説のギルドマスターが本気を出せば、大鳥ガルーア数十羽を一瞬で焼き払えるって噂だぜ」


 手放しで褒めている僕の言葉に気を良くしたのか、男は「伝説のギルドマスター」の話を出した。

 そのギルドマスターの話なら、良く知っている。なにせその人物は、ここ北の村周辺で絶大な知名度を誇る「伝説の魔導師」なのだ。


 ただそれゆえに、僕もその話は飽きるほど聞いていて、今さらあんまり興味もない。思わず困った僕は、それ以外の当たり障りのない話題で繋ぐことにした。


「……へぇ~。丨あいつ《ガルーア》って、図体は大きいけど、火に弱いみだいだねぇ」


「つまり俺と相性抜群ってことだ」


 豪快に笑った男が、今度は眉をしかめて僕を睨むように見てきた。


「ところで、お前の名前は? こんな子供が一人で、どこから来たんだ?」


「えっと……僕はノエル。ちょっと用事があって……北部ノース地方から来たんだ」


北部ノース地方と言えば、ここからまだだいぶ先じゃねぇか。もうすぐ夜が更ける。子供一人じゃとてもじゃないが危ないぞ。夜が明けたら俺が送ってやるから、今日はここで休んでいけ」


「あ、ありがとう。じゃあ、お言葉に甘えて……」


 確かに、ろくな装備もないまま思いがけず遠くまで来てしまった僕には、夜風が冷たく身に染みてきたところだった。

 ありがたく、その男の親切を受けることにする。


 男は岩場に薪を組むと、短い呪文を詠唱した。

 すぐに、メラメラと真っ赤な炎が燃え上がる。


 さすがに寝心地が良いとは言えないけれど、寒さを凌ぐには十分の寝床だった。


「噂ではな、そのギルドマスターは表舞台から姿を消し、今じゃ一人で自由奔放に暮らしているらしい」


「へぇ。なんだか、おじさんみたいだね!」


「おじさんて言うな! 俺の名前は、カッツェだ」


 カッツェと名乗るその男は、伝説のギルドについて教えてくれた。


 そのギルドは、ここ数年で一気に世界三大勢力のギルドにまで急成長した、謎の多いギルドだった。

 入団には、何重にも厳しい試練があり、どんな屈強な猛者もさでも、入れる者はごくわずか……らしい。


「そんなに厳しいところなんだ」


「まぁな。そうやって急成長したギルドは、他のギルドから目を付けられやすい。ゆえにギルドマスターは姿を隠し、その居場所を誰にも教えていないんだそうだ」


「おじさん、随分とそのギルドに詳しいんだね!」


「えっ?! あぁ……まぁ、風の噂でな。」


 ギョッとしたように驚くカッツェをいぶかしんでいると、慌てたように寒さ除けのマントを投げて寄越してくれた。


「さぁ、もう寝ろ! 明日は早いぞ!」


 その言葉に促されるようにしてマントにくるまり、僕は安心して眠りに落ちた。


*


「……ノエル様! 一体どこに行っていたのですか! まったく、心配させないでください」


 北部ノース地方の村に着くと、青味がかった黒髪をキッチリ七:三に分けた几帳面そうなエルフの青年が僕を出迎えてくれた。


「ごめん、ヴァイス。研究用に大鳥ガルーアの爪を取りに行っていたら、うっかり寝ちゃって……」


 頭をかきつつ、ぺろっと小さく舌を出す。でもあまり反省はしていない。だってこんなのは、いつものことだから。


「……で、こちらは?」


 薄縁のメガネをくいっと押し上げながら、切れ長の鋭い眼差しでヴァイスがカッツェを見つめた。


「あ、聞いてよヴァイス! この人はカッツェ。僕をここまで送ってくれたんだ。……それでね、カッツェはなんと、戦士なのに炎魔法が使えるんだよ! うちのギルドに入ってもらおうよ!」


「ん、お前のギルド……?」


 よく事情を呑み込めていない様子のカッツェが、不思議そうな顔をしている。


「お前、とは何ですか! ここにおられるお方は、若干12歳にして全属性の最強魔法を極め、北国最強のギルドを立ち上げた、ノエル=クラウン様ですよ!」


 ぴしゃり、と言い放つヴァイスと、驚いた顔で僕とヴァイスを交互に見つめているカッツェ。


「なにっ?! じゃあ、伝説のギルドマスターというのは……ノエル……お前」


「黙っててごめんね、カッツェ。でももしカッツェが悪いやつで、二人きりの時に襲われたら、僕やられちゃうから。魔導師って近接戦には向かないんだよね。僕も戦士の才能が欲しかったなーー」


 パチンと手を合わせて謝罪のポーズを取る僕に、ヴァイスが言葉を被せてくる。


「だから外を出歩くときは必ず護衛を付けて下さいと、あれほど言ったではないですか」


「それじゃ逆に目立っちゃうじゃん! 僕だってたまには自由に出歩きたいよ!」


 僕とヴァイスがぎゃあぎゃあと喧嘩していると、カッツェが困ったように口を挟んだ。


「えぇと……。それで、俺はそのギルドに入れるのか? 入れないのか?」


『もちろん』

 振り返った僕とヴァイスの声が揃う。

「いいよ!」「ダメです」


「えぇーーなんでだよ、ギルドの最高意思決定者は、僕だろ!」


「勝手に決めないでください、人事部門と執行部門全員の承認を受けなければ許可できません。それに、この男がノエル様の暗殺を企むやからだったら、どうするんですか!」


「大丈夫だよ~、たぶん。僕のこと助けてくれたし」


「そうやってあなが誰でも彼でも入団を許可するから、人数が増えすぎてしまったんでしょうがっ」


「……なるほど。結成直後のギルドが急成長した原因て、ノエル《こいつ》か……」


 後ろでぽつりとカッツェが呟くのが聞こえた。

 頭を搔きつつ苦笑いしたカッツェが見上げる先には、遥か上空をゆったりと舞う大鳥ガルーアと、北国の青空だけが拡がっていた――。



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あとがき:

 これが連載中の長編「とある少年魔導師の 異世界冒険譚」シリーズの第一話となった短編です。

 少し書き直しましたが、最初はこんな感じの短いお話でした。長編版では地の文章をだいぶ書き足しています。

 このお話で生まれたノエル・カッツェ・ヴァイスの三人に女子二人が加わり、五人が活躍する長編版も、どうぞよろしくお願いします(^-^)/↓


■とある少年魔導師の 異世界冒険譚 ~はじまりの詩~

https://kakuyomu.jp/works/1177354054883240772


■とある少年魔導師の 異世界冒険譚 ~魔王の手紙~

https://kakuyomu.jp/works/1177354054883374391


■とある少年魔導師の 異世界冒険譚 ~色紡ぐ音~

https://kakuyomu.jp/works/1177354054883507453

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短編集・ちょっと不思議なファンタジー 邑弥 澪 @purelucifer2016

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