第4区 牛頭宇志彦教諭左遷の件 3. 日辻家
母と伯父が対峙するところに、僕が口を開く。
「伯父さん、僕からも一言」
「母も連座を受けた以上、どうあっても日辻一族に何らかの影響があるのは確実」
「したがって、僕がメグを、ユージがミホにつくこともできます」
「おいてもらう以上は、絶対に守り抜きます」
「ですから、お願いいたします」
「お願いします!」
僕と弟がそろって頭を下げる。
「頭をあげてくれ」
伯父さんが静かに言う。
「ヨシヒロ、お前武術の心得はないだろう」
痛いところを突かれる。
「ただ、先の選挙での話を娘から聞く限り、戦術は多少できるようだ」
「しかし、それについてきてくれる者はいるのか」
「一人で実践には移せないよ」
叔母さんも返す。
「駅伝部の皆が、そしてそこにメグもいます」
非常に意外なことだが、すんなりと言葉は出た。
「彼女は非常に重要な『仲間』です。特に女子にとっては」
女子には機器に心得のあるオロチや、近接戦のワンコがいる。
ゴクウやタイガーといった男子がここに加われば十二分である。
「お前たちが守ってくれると言っても、メインの捜査がある日中は学校だろう」
「何かあった時に、お前たちを逃がしたうえで、情報を知らせることもできない」
つまり、子供たちは無事かもしれないが、
親に何かあった時に、情報を知ることができず学校で孤立する可能性である。
「確かにそれはそうですが」
「そうであるならなおさら、彼女たちを孤立させるわけにはいきません」
「仲間はもちろんいます」
「ですが、すぐ近くで最終防衛ラインに立つものが必要です」
「それが、お前たちだということか」
一瞬だけメグたち姉妹のほうを見た後、うなずく。
それに対し、おじさんは一つの問いをかける。
「ヨシヒロ、ユージ。お前たちに聞く」
「お前たちの父さんは、間違ったことをしたと思うか」
「そうは思いません」
僕は頭を横に振る。
「その根拠は」
伯父さんはさらに問う。
「2つの可能性があります」
「一昨日、父は言いました」
「『根古野の事件はどれも面倒だ』『明日、教委に乗り込む』と」
「すなわち、父が教育委員会の処分を受けたその理由は、根古野一族と強い関連を有することが推測できます」
「よって1つ目の可能性は、根古野一族の誰か、あるいは彼らに与する何者かが教育委員会に関わっていて」
「その権力をもって、父が追求しようとした事件を握り潰し」
「父をも事実上追放したのだという可能性です」
「要は、根古野一族に宇志彦が打ち負かされたために、真実ごと遠くに追いやられた、ということだね」
伯母さんがまとめる。
「そういうことになります、おそらく、大事にする前に、まずは委員会内部での告発を試みたのでしょう」
「それで、2つ目の可能性は?」
再び、伯父さんが問う。
「2つ目の可能性は、1つ目の可能性に連座する可能性です」
「26日に起きた、ニワトリの事件が、まさに根古野一族ないし彼らの息のかかった者の手にかかっており」
「それが表ざたになるのを防ぐためです」
ここで母が手を挙げる。顔色は悪い。
「母さんからひと言」
「根古野…教育委員会に関わってるどころの話じゃないわ」
「現在の県教育委員長よ」
冗談ではない。その場の全員の目が開かれる。
つまり、父は敵地に単独で乗り込んだということなのか。
すなわち、少なくとも一つ目に関しては、
現時点で非常に可能性が高いということがわかってしまったのだ。
「根古野の支流は警察上層部・県政上層部にも食い込んでいるはず」
「おまけに、地元のマスコミにも食い込んでる」
「父さんが処分されたのはまさにそこにあるはずよ」
とんでもない情報が、母上様経由で手に入ってしまった。
この情報が正しければ、根古野一族の内部告発はほぼ不可能といっていい。
内部からの情報はどうあがいても封殺されてしまうのだから。
「根古野一族が、事件に強く関与している可能性は分かった」
伯父さんがうなずく。
「だが、その証拠は」
「今はまだないです」
「ただ、父が残したこの手帳」
「これに、何かしらの手掛かりがあるはずです」
父から渡された手帳を前に出す。
今後かくまってもらう可能性がある以上、
身内相手にはしっかり出しておくのも筋であろう。
「父は言いました。『この手帳の謎が解けなければ根古野の事件にはかかわるな』と」
「逆に言えば、この言葉は、根古野一族の事件と、この手帳が強く関連していることを示唆します」
「そして、読み解くことさえできれば、根古野の喉元にくらいつくことが可能なのだ」
「そう僕は信じます」
そう結んだ。
「ヨウイチ、うけいれてやんな」
祖母ちゃんがはじめて口を開いた。
「ここは日辻総本家、いざってときには本家の証を見せる必要がある」
「分家筋の牛頭家が頼ってるんだ」
「これに答えてあげなけりゃ、あんたは何のための本家当主なんだい」
「第一、守ってやんなきゃ日辻の名が廃るよ」
これが鶴の一声であった。
「…わかった」
「日辻家の名に懸けて、妹および甥二人を保護しよう」
伯父さんはそう告げる。
僕たち3人は深く頭を下げる。
ここまで、メグとミホは終始無言であったが、ようやく口を開く。
「ヨシヒロ、あさってからよろしく頼むわよ。死ぬ気でね」
「ユージもよろしくね」
言ったからにはしょうがないし、もとよりその覚悟だ。
弟も無言でうなずいていた。
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