第4区 牛頭宇志彦教諭左遷の件 2. 牛頭義裕⑨

-2000/09/30 PM08:30 日辻家・大広間-



 十二山地域最古といって差し支えない、神社の家・日辻家。

 「昔の、和風の豪邸」と言って思い浮かぶような建屋が、そのまま古くなり味を帯び、そのまま室内だけ近代化されたような建物を住居としている。

 その日辻家の中で、古来家族での会議を行い、祭礼を行い、客人をもてなし、地域の人々を集めて宴を行ってきた、24畳の大広間が存在する。

 この広間の床の間、その上には神棚も存在している。

 榊が神棚の両端に飾られ、塩・水・酒・米・味噌・醤油・鰹節が供えられている。



この大広間にいるのは、現在8人。

日辻家現当主にして僕の伯父・日辻陽一。

その妻にして僕の伯母・日辻未奈。

彼らの娘・日辻恵未ならびに日辻未穂。

そして僕の祖母、日辻メイ。

僕の母、牛頭真洋。

僕の弟、牛頭有司。

そして僕、牛頭義裕である。


「…つまり、連座して停職になった妹および甥2人を庇ってくれ、と」

「そういうことです、兄さん」

対峙するのは伯父・日辻陽一と母・牛頭真尋。

いうまでもなく、彼らは実の兄妹である。



こうなったのには当然、理由がある。

僕の父・牛頭宇志彦が左遷されたのがつい昨日。

荷物をまとめて、9月30日の昼までには、自宅を出ていなければならなかった。

玄関先には30日朝時点で迎えが来ている。

任期は不明。


その前の日の29日、牛頭家は大混乱になった。

一家の大黒柱が、事実上の軟禁に遭うのだ。

おまけに、共働きで教師をしている母親も停職になるのだ。


父も母も、その日の帰宅は恐ろしく早かった。

僕やユージが帰って来るのとほぼ同時であった。

しかも僕に至っては、自宅から1000メートル先の日辻家に行って、メグを送り届けてのことである。

ニワトリの見舞いに行く約束はなくなった。お互いそれどころの話ではない。


家族が集まるや否、

父の荷物を大急ぎでまとめる。

分量に関しては、書物は段ボール3箱となっている。

ただし、教育委員会の関係者に検閲されることも決まっている。

その他の私物は手荷物を除けば、スーツケース1つ分のみとなっている。

その中身もあらかじめ見られることとなっている。

八咫中学校にある、父個人所有の教材類はすでに移送中とのことである。


その混乱の中でも、母も父も、

「父さんが間違ったことはしていない」という主張は、最後まで曲げることはなかった。

実際、父が無実だとするならば、僕も二つの可能性を持っていた。


父がそろう家族最後の夕食は、移送の前日に母が作ってくれた。

最初のうちは、誰も、ほとんど何も言わなかった。

だが、弟は問うた。

「父さんは、無実だよね」

「ああ、無実だとも」

父は深くうなずいた。

「だったらなぜ、無実を主張しないんだよ…」

弟はほとんど泣き出している。内心、相当耐えていたのだろう。

「無実を主張することはできる」

「ただその場合、お前たちの身に危機が及ぶ」

「母さんも、同じことをいわれたの」

父と母の言うことは、つまり。

「僕たち兄弟が、人質に近い状態に置かれているというわけなんだね」

「もっとも、万が一私たちの動きが妙であれば向こうが動く、ということだけどね」

母の言葉から察するに、僕たち自身がどうこうというよりは、父や母に監視が付き、彼らの動きにすべて左右されるといった具合である。

つまり。

「僕たち自身が動く分には、問題ないということだね」

父の目を見据えて言う。

弟がこちらを括目して見つめる。


「やはり、お前はそう考える子だと思っていた」

静かに僕たちの頭をなで、「義裕がそうする気なら、とってくるものがある」といったん書庫に向かう。

戻ってきたときには、何かを持っていた。

3ケタの数字がついた、鍵のついた、

分厚い牛革の手帳を1つ。

そして、父は言葉を残した。

「この手帳をお前が解けなければ、根古野の一件には関わるな」

すなわち、この手帳が、父が追われた理由や、父が突き詰めようとした真相を物語る、重要な手掛かりとなるのだ。

「今日や明日は何が起ころうとも徹底的に隠し通し、明日父が護送され、母の動きも決まるまでは絶対に他人に存在を明かさず、見せないこと」

これが、手帳を僕に託した時に、両親に言明されたことだ。

弟も別に託されたものがある。

護身用の脇差である。

「万一日辻の未穂に被害が及びかねないことがあれば、その刀で命を懸けてでも守りぬけ」

ということである。

そしてその万一が来るときには、両親や伯父・伯母はもちろん、兄である僕、果ては祖母や、従姉であるメグでさえも無事ではなく、最悪命を落としている可能性がある、ということである。

弟も涙目ながら、目に力をこめて頷いていた。



ここではまだ終わらない。

30日の昼に、父が迎えの車で出て行った直後、

場合により自宅も強制捜査の対象になることが、残った教委関係者の女性によって、その場で告げられた。また、その際に職務上の書類は残しておくように、とのことであった。

しかも、明日・10月1日の日曜日早朝。

あとあと考えると、向こうが本気であれば、そこまでの重大な情報が、

正式な告知の前に僕たちのもとに来るわけがなかったのだ。



そして、母は決断した。

日辻家に逃れることを。

「このままでは、日常生活を送ることすらままならない」

「まして、日中は私一人だけ」

「だから、日辻の実家に戻るよ」

ここで立たなければ、父不在の牛頭家を守る、跡取り息子としての名が廃る。

「だったら、僕たちも家に残ります」

「ダメよ、あなたたち、とくにヨシヒロは学校に行きなさい」

「なんでだよ、母さん!」

弟のユージも食って掛かる。

「母さんの言うことをよく聞いて」

「ニワトリちゃんの事件と、父さんがこのような目にあったことには、繋がりがある」

「タイミングがあまりによく出来過ぎている」

いわれてみれば、生徒会選挙以降の一件と、

父が左遷の憂き目にあった一件。

どちらに関しても、根古野一族が絡んでいる。

「ヨシヒロ。あなたは、できるだけの情報を学校でつかんでくるのよ」

「それが、現状を打破するカギになるかもしれない」

「メグと一緒にね。彼女を絶対に守るのよ」

「それが、ヨシヒロ、あなたの役目よ」

情報を集めて、父の無実を証明すること。

絶対にメグを守ること。

以上二点が僕・牛頭義裕の役目だと母は言う。


「ユージは今回の事件とは直接関係してないのだけれど」

「ミホが何らかの被害を受けないとは限らない」

「だからこそ、場合によってはその脇差を使ってでも、彼女を守り抜きなさい。死ぬ気で」

弟は、強くうなずいていた

それが、彼の役目なのだ。

だが、僕は頷かなかった。

理由は、ただ一つ。

「母さんは、それじゃあどうするの」

当然、母の動向である。

「停職を免れない以上、私にできることは多くはないよ」

「私は日辻家で、一つ、探し物がある」

「それを見つけ出すことが、私の一つ目の役目」

「そしてもう一つは昨日の夜、父さんに頼まれたことがあってね」

そう母は言った。



父さんの仕事書類は捜査のために残しておくように、と言われたので、事件の手掛かりになると思われる書類の類はすべて自宅においていくこととなった。それ以外の、私的な書類はじめ荷物を車に詰めるだけまとめた後、9月30日のうちに日辻家に逃れたのだった。


 そして、場面は日辻家大広間に至る。

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