第3区 三階渡り廊下転落の件 5. 大蛇紀巳絵

タイガーとウサの証言は次のとおりである。

ウサは一階のトイレに寄ったのち部活に行こうとしたところ、またタイガーは職員室に行き叔父さんと選挙および駅伝関係について話をした後、玄関経由で武道場に行こうとしたそうだ。

するとタイガーは誰かが背後に移動する気配を、ウサは何かが中庭に落ちる音を聞き、合流して現場に急行すると、中庭の、タイガーが気配を感じたその真後ろに当たる位置に、倒れているニワトリがいたということである。

頭から血を流してこそいなかったものの、すでに落下の衝撃によるショックなのか、ニワトリの意識はなかったらしい。

 ウサにひとまず現場を任せ、タイガーは玄関の公衆電話にダッシュで向かい、119番を掛けた。その間、近くにいた人が次々と現場に向かったそうだが、ウサを除き絶対に近づけさせなかったそうである。

 救助自体はどうすればいいかタイガー自身もよくわかっておらず、救急の通報を例外とすれば、養護の先生を呼ぶことくらいしかできなかったそうだ。

医者の娘であるウサも、ニワトリの状態を確認したうえで、頭がどうなっているかわからない以上、ひとまず養護の先生と救急を待つのが手一杯だったという。

ウサは相当動揺していたようで、職員室に僕たちが行ったときに目が赤かったのは第一発見者で、目の前で、倒れたニワトリをモロに見てしまったことが大きかったようだ。タイガーのほうも、俺があと一秒早く落下に気づいていればキャッチできた、という考えであった。


 よく考えれば、救急車の接近に気が付かず全員呑気にストレッチなどしていたのだから、僕含め悉くあきれたものとしか言えない。


 ここで、僕は二通りの可能性を考える。

 一つは、この事件は突発的・偶発的なものであるという可能性だ。この場合、根古野一派あるいはそれに近しい思想を抱くものがたまたまニワトリを見つけて落としたことになる。この可能性が現実であった場合、吹奏楽部はじめ女子勢による犯行は考えにくい。

 もう一つは、計画的な犯行であった場合だ。この場合カギになるのは「忘れ物」である。すなわち、忘れ物が「計画された」と考えると、根古野一派や吹奏楽部員がわざとニワトリのものをこっそり隠すなり、教室の中に置き去りにするなりといった手段が頭に浮かぶ。

この可能性を考えた場合、最悪の場合「駅伝部」さえも容疑者になりうる。


 そこで、その考えをいったん隠す。頭を落ち着ける。

 「全員が何をしていたか」聞いてみる。

 ウサとゴクウを除く陸上部員一・二年生、そしてイノブタは全員、僕と一緒にストレッチをしていたのは疑いがない。

 メグは体育館横の弓道場、オロチは体育館二階の卓球場で練習準備をしていたようだ。

 三年生四人は地域の図書館におり、事件の第一報は図書館の司書の方から聞いたそうだ。

 これらすべてが事実であれば、ほかの部員なり、司書さんから証言をもらえるので駅伝部員に関しては潔白であろう。

 …もっとも、メグとオロチに関しては、弓道部ないし卓球部内でのグルであれば話は別なのだが。特に前者に関しては、身内を疑いたくはないが、可能性は否定できない。

 メグが「もしかして私たちも疑ってるの」と聞いてくる。やはり悟られていたか。オロチも「冗談じゃないよ」といつになく怒る。

 先輩方もさすがにそれはどうだ、と返す。そのような思想をこの場で抱けば責められるのも、むべなるかな。万一、念のためだと返す。

 僕でさえも、わずかでも可能性を見出させてしまうならば、他人もいずれ疑ってくるのは間違いない。

 だからこそ今のうちにアリバイは証明したい、少なくとも、陸上部員でなく、かつイノブタのように陸上部と同行していないオロチとメグに関しては、「ここには」行動の記憶を保証する確かな証人はいない、だから、今のうちに二人の無実を確実にしたい、と伝えた。

 ここでようやく二人は納得してくれた。慎重派のオロチはこれからのリスクを考えるなら、とすんなり納得したようで、メグもそれもそうか、という表情であった。

 

 二人の事件当時の行動は以下のとおりである。

 

 オロチは事件当時卓球場で準備をしていたが、放送が入り呼び出されてはじめて校舎に戻ったとのことだ。

 教室から卓球部員と練習に直行した後は、放送までずっと卓球場にいたようである。

 そのことを誰が証明してくれるか聞くと、卓球部員の大半がアリバイを証明してくれるほか、卓球場から戻る最中に、吹奏楽部顧問の先生とすれ違ったとのことである。


 メグは事件当時弓道場にいた。すなわち、野球部事件現場からは一番離れた場所にいたことになる。遠距離攻撃のできる彼女であっても、「突き落す」ことはできないはずだ。

 念のためウサに、ニワトリの体に弓矢の跡がなかったか確認するも、当然ないようである。証人については、弓道部顧問で、一組の担任でもある先生が間違いなく見ているとのことである。

 


 二人とも、教職員という確かな証人がいる。

 二人が「先に」ニワトリを手にかけた可能性も考えたが、そうなるとゴクウのいう「悲鳴」に関して説明がつかなくなる。

 事件現場である三階渡り廊下から卓球場までは、一度玄関付近を経由する必要があるため、どうあっても走ってようやく一分半、歩いて三分程度はかかる。

 おまけにどちらの場合でもタイガーに発見されかねない。ウサと違ってタイガーは玄関の公衆電話で119番通報していたのだから。体育館裏・弓道場のメグの場合はなおさらである。

 おまけに、二人の少なくともどちらかが仮に犯人だとした場合、教職員さえもグルになっている可能性が俄かに急浮上するのであるから、もはや駅伝どころではない。出場はまずかなわないものと考えるべきである。


 かくして、駅伝部に関してはこの一件は無罪という答えに至り、吹奏楽部か根古野派による犯行であろうと結論付けられ、駅伝部メンバー十一人は自主練習を明日から一応するように、というペガサス先輩の言葉でその場は解散となった。

 疑ったオロチとメグには当然ながらきっちり頭を下げて謝った。二人とも、この一件で、駅伝メンバー入りが、望まない形で、事実上確定してしまったのだから、なおさら心情を慮るべきであった。

 オロチは「納得してくれれば問題ないよ」とメガネを押し上げ微笑み、メグもまあ、第三者にこの後疑われるよりは今のうちに晴らせてよかったかな、と複雑な表情であった。

 ただ、ある意味私たちを疑うのも当然かも、と二人とも言い合っていた。

 疑うのが当然とはどういうことか尋ねてみると、二人とも呆れたように、次の被害者がいるとしたら僕だろう、身の回りには十二分に気を付けるように、と二人から釘を刺されることとなった。

 彼女たちのごとく慎重かつ冷静によくよく考えてみれば、次期会計のニワトリが襲われたとなると、次なる被害者候補筆頭は、順当にいけば次期書記である僕なのだ。すなわち、今、ここにいるメンバーの中で、一番身が危ないのが、僕・牛頭義裕なのである。


 当然ながら、ニワトリの意識も気になっているので、ウサとワンコ、タイガーとゴクウの四人にお見舞いを頼んだ。

 その日は、原則として皆で一緒に帰宅することとなり、途中で校区別、地区別に分かれていった。万一の時のために、女性陣には非常用の防犯ブザーをオロチが手渡していた。どうも市販のブザーを改造して、音量を140dBまで上げた代物らしい。中一の時に趣味の実験で作ったものとのことで、役に立つ時がこないことを祈るのみである。なおこの話題が出た瞬間、リュウノスケの目が遠くなっていた。実験に付き合わされたのは容易に想像がつく。「標的」という観点から、僕とリュウノスケにも渡される。


 最後まで同行動であったメグには、学校では誰か信頼できる人と常に行動すること、従姉である私も気を付けるから、と言われた。

 確かに、次期書記である僕の従姉であるメグや、次期会長・リュウノスケの従妹であるオロチも標的になる可能性は十分あるのだ。

 また、「私はともかく、オロチちゃんを疑うのはいくらなんでも酷だよ」、とビシッと指摘された。というのも、女子で一番レギュラー落ちの可能性が高かったのがオロチであったから、だ。

 普段慎重かつクールな彼女であっても、自動的にレギュラーに上がれてしまうことが確定して内心ものすごい申し訳なさとショックでいっぱいだと思う、そう指摘を受けた。 返す返す申し訳なくて大河に飛び込みたい気分である。メグやオロチもそうなのだから、下手するとワンコを含む女子五人が、レギュラー確定の事実を理解してしまっていることになる。わざわざ話さなかったが、話すまでもなかったということだ。

 結局その日は、「無事出場できて、ニワトリちゃんの意識も無事に戻るといいね」「そうだな」くらいしか話すことはできなかった。


 ニワトリ個人の容態についても当然心配ではあるが、駅伝部としても別の重大な問題が生じることになる。

 僕の頭には、その「問題」があった。このまま彼女が生徒会引継ぎの29日までに意識を取り戻さない場合、比企が繰り上がりで生徒会会計になる。比企の人柄はどうあれ、彼が根古野一派の影響下にあると考えられる以上、極力回避したいことではある。

 そうなった場合、生徒会が駅伝部関係で分裂状態になる可能性が高く、校内から不信による再選挙の声も間違いなく挙がるであろう。そうなった場合、分裂までのプロセスまで考えると、僕たちの目的は「絶対に」達成できない、そう言って差し支えはない。

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