第3区 三階渡り廊下転落の件 3. 日辻恵未③

僕とメグは母が迎えに来てくれるという話話を宍戸先生がつけてくれているそうだが、学校教師である母の勤務校から大学病院までの距離はそれなりにある。それまでの間、いくつかの仮説を立てるべく頭を回す。


 事件があったのは、きょう16時20分ごろ、三階渡り廊下。

 これが「いつ」「どこで」に関する情報だ。

 この二つに関しては、宍戸先生から伝えられているところだ。


 まず、「誰が」ニワトリに危害を加えたのか。

 犯人は根古野一派の誰かではないか、その時の僕は、そう漠然と考えた。選挙当選後、調子に乗って、警戒が手薄になった。敵対者たちに、その隙を突かれたのは当然のことである。

 では、「なぜ」危害を加えられたのがニワトリだったのか。

 得票率は七十八パーセント。三人の中で最多の得票率である。ある種、人望は一番だ。したがって、直接ニワトリに怨恨があった可能性はあるが、三人の中では最も低い。

 また、僕とリュウノスケはその日は基本的に同行動であったし、放課後までは少なくともクラスの誰かに、いい意味でからまれていた。放課後はイノブタと即座に練習に向かったし、リュウノスケもすぐ僕に合流している。

 となると、ニワトリも基本的には、一人になっているとは思いにくい。

 か弱い女子だから真っ先に標的として狙われた、とも考えたが、ニワトリは単騎行を好むタイプではないだろう。

すなわち、吹奏楽部のほかのメンバーと、すぐに部活に行ったか、皆で何か話していたのではないだろうか。記憶に残る限りでは、僕とイノブタが教室から出ていくときには、吹奏楽部のメンバーと談笑していたはずだ。

 となると、吹奏楽部のメンバーがどこかで目を離したときがあると考えざるを得ない。

 一人にならざるを得ないタイミングは、どういった時があるのか。

逆に、吹奏楽部の中に、彼女を裏で陥れようとする動きがあったのか。

すなわち、裏切者がいたのか。


 ここまで考えると、次の疑問が生じる。

「どうやって」「何をもって」やったのかである。

 渡り廊下は床から150cm位の高さまで、両側の端に壁がある構造となっている。壁の上には、金属製の手すりが付いている。

 すなわち、突き飛ばして落とすというのは考えにくい。

ニワトリの身長は154cm。体型もいたって普通。

 体重を40から50kgと仮定すると、一旦持ち上げて落とした、そう考えるのが妥当なのだろうか。

 となれば、必然的に、それだけの重量を持ち上げられる腕力の持ち主が必要となる。当然、その場合はニワトリの抵抗にも合う。

 これを免れるには、抵抗できない状態にするか、抵抗を許さない速度のどちらかが必要となる。

前者については、クロロホルム等の薬品の使用か、縄やガムテープ等での拘束が必要となる。だが、薬品はまだしも、縄・ガムテープで拘束すれば、痕跡が間違いなく残る。

そして後者に関しては、抵抗を許さなくとも、落とした時点でニワトリが悲鳴を上げるだろうし、その時には周囲の視線が一斉に向くだろう。誰かいれば、の話になるが。

女子が集団でニワトリにそうした仕打ちをするならば、間違いなくひと騒ぎ起きるだろうし、「全員がグル」でもない限り、その目撃者がいないとは考えにくい。

 ひとまず、縄やガムテープ等、何かしらの痕跡があったのか。それをウサの母上に聞くべきだと考え、腰を起こしかける。


 すると横からつつかれる。いったいメグは何の用なのだ。

 彼女の表情はあきれているようだ。僕の前のほうを指さす。

 前を見る。そびえ立つのは一人の女性。

 その名は牛頭真洋。

 僕の母親で、メグの叔母。現役の小幡小学校の教諭である。

 南無三。どうやら、思考の時間はこれまでのようである。

 我が母上様に引きずられるようにして、メグともども病院を後にする。

 日辻家経由の帰りの車の中で、「どうせニワトリちゃんのことについて、ろくでもないことを考えていたんじゃないのか」と二人から突っ込まれる。まさしく、そのとおりである。


事件前後に吹奏楽部が何をしていたのか、ウサに聞くのは流石にはばかられたので、メグやイノミ経由できいてもらうべきかと考え、別れ際にメグに相談した。

彼女も賛成で、イノミにはメグが話を通してくれるようだ。母親は「あまり深入りしすぎないように」と言っていた。また、警察がこの事件には介入する、そう父親が言っていたそうだ。まあそうなるとは思った。とはいえ、真犯人を早いところ引きずり出したいところではある。

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