第3区 三階渡り廊下転落の件 1. 大河虎鉄➁


-2000/10/09 AM10:54 大橋北-


 自分・大河虎鉄は競技場からすでに500メートル以上、全体の6分の1以上をすでに走っている。

ユキタツからタスキを受け取ったのは11番目。順位だけで見た場合、半分より下にあたる。とはいえ、6番目との差は4秒もない。

だが、大きな救いがある。

ゴズやユキタツの言うことに狂いがなければ、すでに大半の学校では、上2枚の札を使い切っている可能性が非常に高い。

大橋北での現在順位は集団の人数から逆算すると9位になる。集団が多少ばらけはじめており、後ろに2人ほどおいてきたことは分かっている。


作戦上の警戒対象であり、テンマ先輩並みの実力者を擁する小幡中も、この区間には1年生を起用している。確か、火田という名前であった。

それでも、中央中の酒井や北総社の藤木など、中堅どころの実力者は十分にいる、そうテンマ先輩は言っていた。城北中剣道部の梶原先輩もこの区間であったか。おそらく、大橋下の現時点で100メートルほど先に見える白いユニフォームが梶原先輩だろう。

 

 召集場所に向かう前に、自分にテンマ先輩はこういった。

「攪乱してこい。一番強いのが中央の酒井だ。今のお前でも、展開次第で区間賞狙えるぞ」

まずは序盤の序盤「だけ」ペースを上げ、再び戻して、ついてくる意志をまずは捨てさせる。

この時点で2人を離すことには成功している。

次にかき乱すのは大橋下のあたりの予定であったが、予想以上に相手が粘る。

なかなか思うようにはいかないはずだ。

テンマ先輩の言う区間賞はさすがに厳しいだろうが、それであっても最低限すべきことはある。自分自身の役割というものだ。


テンマ先輩に課された最低目標は二つ。

一つ、「序盤での攪乱」。これはすでに達成した。

そしてもう一つ、「小幡中とのタイム差1秒以上」である。

二つ目の目標は、6区の最終盤、競り合いになりそうな時に効いてくるらしい。

なぜ目標として、対象として上がるのが「小幡中」なのか。

単純な話である。

テンマ先輩が「追い抜かれる」可能性があるのがそこだけなのだ。


そして小幡中と十二山中を除く他校は、大駒をすでに使い果たしている。

優勝を仮に逃した場合でも、「最低目標」である県大会に出場できるか否かは、

小幡中の攻勢如何にかかっているというわけである。

優勝を狙うにあたりカギになるのはトップとのタイム差―テンマ先輩に渡った時点で1分以内―であるが、ひとまず満たすべきなのは最低目標の方だ。

小幡に負けた時点で県大会はない。



頭を目の前に戻す。

自分のベストタイムは9分50秒。

現在1位と思しき酒井とのタイム差は、記録会時点で8秒、向こうが上。

酒井はおそらく独走か、2位の北総社・藤木との並走のいずれかである。

こちらが現在かみ合っている六位集団の混戦に乗じて、タイムを上げることは不可能ではないだろう。梶原先輩が見える以上、それ以上の混戦に持ち込むことも可能だ。

そうなったら、がむしゃらに食らいつく根性勝負。

勝てないまでも、負けるわけにはいかない。


今こうして走り、作戦を実行に移しているが、

あの事件がなければ、もっと精神的な調整を行う時間はあったはずだ。

とはいえ、勝負は勝負、与えられた武器で戦うのみ。

叔父さんだって、二軍抜きのわずか十二人をここまで連れてきたのだ。

持ち前の根性と精神力にかけて、この剣士・大河虎鉄が負けるわけにはいかない。

区間賞云々は抜きにしても、自分の仕事は完璧にこなす。

ましてや、あの事件からここまで来たのだから。


選挙後、自分の近しいところで起きた二つの事件。

今になっても、昨日のことが如くである。

絶対に忘れることはない。

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