第2区 生徒会役員選挙の件 16. 生徒会役員選挙⑦
そして、開票翌日。
その給食の時間に、当選発表は行われる。
放送室から、選管副長が行う手はずとなっている。
給食の後片付けに入ろうとするころ、その放送は始まった。
メグの声が聞こえる。
「ただいまより、生徒会選挙の当選発表を行います」
来る。
「まず生徒会計――2年2組・真庭飛鳥さん・当選」
心の中でガッツポーズをする。少なくとも現時点でまず「最悪」の事態は免れた。先手はまずとった。
女子がきゃあきゃあ歓声をあげ、ニワトリも口元を覆って言葉が出ないようだ。慎重で落ち着いたオロチですらダッシュで駆け寄り、イノミに至っては抱き着いている。
蹴球部員の表情の変化は大きくない。僕と同様、会計候補の選挙ではニワトリが勝つのは、最終演説の時点である程度想定していたようだ。単に、相手が悪かったということなのだろうか。
「続いて生徒会書記――2年2組・牛頭義裕君、当選」
メグの声色にわずかながら興奮があるのが分かる。僕も当選だ。これで二席は取った。イノブタの方向を見ると、サムズアップを見せていた。ニワトリたちや、野球部の連中もこっちを見て拍手を送る。追撃に成功だ。
会長が仮にリュウノスケでなくとも、「時間稼ぎ」を行う分には全く問題ない。事実上、駅伝部が「引き分け」の状況には持っていくことができた。庭球部の空気は男女ともすでに氷河期だ。
蹴球部のメンバーからざわめきが聞こえる。だがそこまでの衝撃が蹴球部にはないように思われるのは、根古野が控える会長の発表がまだだからだろう。
「最後に生徒会長――2年1組・雪辰龍ノ介くん、当選」
間違いなく、ぐっと抑えたであろう声色のアナウンスが響く。
声には出せなかったが、静かにガッツポーズをとってしまった。
全勝だ。三対〇だ。パーフェクトゲームだ。駅伝部側の完全勝利だ。
リュウノスケが駄目押しを成功させた。
イノブタは心底ほっとした様子で、ニワトリ・オロチ・イノミも支援者の女子たちときゃきゃあこっちに来る。支援者に囲まれる。もちろんいい意味だ。推薦人をやったイノブタも輪の中にまじってくる。気が付いたらうぉーうぉーと皆で叫びあっていた。
まさかの完全勝利。予想以上の成果を上げることができたのだ。
ひとしきり騒ぎが収まり、試しに蹴球部員の方を見ると呆然としていた。痛い視線を感じるも彼らではない。同級生の井達ら庭球部員がこっちをにらみつけていた。
井達の取り巻きの一人は「イタチちゃんがかわいそうでしょ」とつぶやいている。それを見て無言の仏頂面で応じる。
お前らの本当の思惑が、何かはわからない。
だが、こちらにも譲れないものがあるのだ。
おまけに、昼休みに隣のクラスのメグから「おめでとう」と言われるついでに、選管委員長の鯉沼が駅伝部側につく旗幟を明らかにしたことが伝えられたのだ。とんでもない朗報だ。
これまでは選管委員長でかつ駅伝部でもない以上、大っぴらには動けなかったのだが、これからは大きく動くとのことであった。リュウノスケや根古野ほどではないが、人望のある好人物である。
野球部が二分したという知らせは聞かない以上、野球部はこちら側に着いたと考えて差し支えない。
大会当日の参加は、遠征のため不可能ということが、野球部のメンバーを八月に勧誘した時点ですでに判明しているので致し方あるまい。そもそも今からだと、一次エントリーに間に合わない。
そのリュウノスケは昼休みに僕の背中を叩き、らしくなく大きな叫び声をあげながら廊下を走っていった。僕もなぜかうぉーうぉーと叫びながら一緒に廊下を走っていった。
当然ながら先生には怒られ、こっち側の同級生にはからかわれる。
向こう側が本来であればねちねちと絡んでくるのだろうが、そんなことはなかった。今思えば向こう側に、そんなことをしている余裕はなかったのだ。
かくして、生徒会選挙は駅伝部派が勝利を収めることができた。
その日の昼休みに掲示板に張り出された得票率が以下の通りであった。
生徒会長、雪辰龍ノ介・得票率69パーセント。
生徒会書記、牛頭義裕・得票率53パーセント。
生徒会会計、真庭飛鳥・得票率78パーセント。
ただの成功ではなく、駅伝部側の完全勝利であった。
当然ながら一番危なかったのは、論理の関係上やむを得なかったとはいえ、一番過激な持論を、「学力」という、田舎の中学ではネガティブに受け止められがちなことを展開してしまった僕であった。
あと少しでも形勢が変わっていたら負けていた。はっきり言って、「向こうの主義主張の矛盾」という急所を連打していなければこんなことは言わなかっただろうし、勝てるはずもなかった。向こうがその矛盾を解消する証言をすれば、下手すれば向こうが警察沙汰なのだから。
校内の半分は味方、残り半分は敵、か。
伯母であるメグの母が、僕の小学校時代に、「人生、三割は味方、三割は敵、残りの四割は中立だと思いなさい」という言葉を言っていた。その言葉を思い出せば、かなり有利な状況まで持ち込めたのではないか、そう思う。
また、一次エントリーを済ませたという通知も、ライオン先生から入った。
区間はまだ決めず、補欠を含め男子は一軍・二軍共に6人から9人、女子は5人から8人をそれぞれエントリーするというルールだ。当然、わが校では男子6人・女子6人かつ一軍のみのエントリーである。区間はまた二次エントリーで決めるそうだ。
これが9月26日のこと。
僕たちはその時、これで何とかしのげた、無事に大会への出場がかなうものと考えていた。はっきり言って油断した。調子に乗った。全員が全員とも。
気が緩んで、全敗していよいよ追いつめられた敵が次に何をしてくるか、その考えがその午後に限っては、抜けていた。
それどころか、『正しい手段で』打つ手をなくさせる事がどういうことなのか、その考えについては、最初からなかったのかもしれない。
その考えに至ったのは、その日の夕方のことだったし、
それが取り返しのつかないことにつながるのだった。
特に、ニワトリにとって。
あの時のことを後になって振り返ると、
相手方はあれで済ませる筈がなかった。
単に、イノブタの一件で済むわけがなかったのだし、
そのイノブタの件にもまた裏があったのだ。
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