第2区 生徒会役員選挙の件 14. 生徒会役員選挙⑤
「であれば、逆にあなたに問いたい」
「先ほどの問いに戻りますが、現状の体制は比較的うまくいっているといえます」
「少なくとも、あなた自身が『成績優秀者が自慢している』と述べるくらいには文武両道を突き進める者もいるのは疑いようのない事実です」
「何が言いたいの?」
イタチが食い掛かる。
「これが3年駅伝部員の勉強と駅伝活動が両立できていないとするならば、ともかくですが」
「具体例として最も有力なペガサス先輩が駅伝部に参加している現状で、あえて抑制する合理的な理由を」
「そしてその抑制策を、具体的にどう実行に移すのか」
「井達さん、説明してもらえますか」
「できるものならば!」
そろそろ、相手が奥の手を出してくるころだ。読みが間違っていなければ、相手はここで奥の手を出そうとする。ちらりと時計を見る。時間はない。
事前に作戦は決まっている。ここまでは読み通りだ。
こちらの奥の手を出してしまえば、相手は少なくとも、この選挙に関しては「終わる」。
だが同時に、一つ違えば今年の駅伝部の出場自体も危うくなる。
この先の作戦はただ二通り。
一つには、仮に生徒会の一存のみで駅伝部が廃止になってしまった場合、すなわちマニフェストが実行に移された場合、生徒会の一存で部活の存廃すらも左右する前例が生まれることとなる。
これは部活に限らず、生徒の「集まり」に対しても適用される恐れが高い。特に、僕たち駅伝部がそのいい例だ。
これを「独裁が暴走する恐れがある」と主張することだ。生徒会への絶対服従が求められるようになってしまう、とでも言っておくべきであろう。ただし、「選挙」で選ばれた、生徒の総意と受け取ることもできなくはないだろう。
とはいえ、駅伝部の廃止云々はおそらく市内各学校との調整も必要不可避であろう。
ならば逆に教委や職員会議等の上流機関で廃止にならなかった場合、生徒会はマニフェストを果たすことができず、彼らの信望を失うはずだ。
任期中はまだしも、任期後、特に受験勉強に取り組むべき時期に、周囲からバッシングを受けるのは想像できる。
当選したということは、駅伝部の活動への反対に賛同するという層の支持を得た、すなわち「総意」を得たと言い換えることもできるのだから。
少なくとも、今年度の廃止に関しては不可能とまでは言わないが、教職員レベルまで話を通すとなるとかなり難儀することになるだろう。それでもやりかねないからこそ、僕たちが立候補しているのであるが。
だが、相手が「終わる」のはこちらではない。
もう一つの方、すなわちもう一人の3年駅伝部員、ネズミー先輩だ。
ネズミー先輩の学業成績は中の中程度。進学予定の高校も、法具継承者「候補」であるため未確定。
この点を突かれるとかなり痛い。そしてこれを公表してしまうとまずい予感がする。公言はおろか放言の域に達しているペガサス先輩と違い、ネズミー先輩の場合は「北高校」さえも言ってはいけないような気すらする。
二年生でもイノブタの学力は高いとはお世辞にも言えないが、それでも彼をこの場で出すのは筋違いなのは明らかだ。イタチ自身つい数分前に「1・2年生ならまだしも」と言ってしまっている。あくまで反例として出すならばネズミー先輩しかいない。
「お言葉ですが、3年生の根津先輩は文武の両立ができているとは到底思えません!」
やはりそう来たか。先輩への、名指しでの公での批判というタブーに手を出してきてしまったのだ。こんな手を使うからには、庭球部が蹴球部と手を組んだ、そしてそれにはイノブタだけではなく、ネズミー先輩も何かしらからんでいる。そう結論付けた。
そして、抑制策および、ネズミー先輩に何かあったという一件を抜きにした合理的説明はやはりないようだ。
できるならば、ここで説明を抜きにしてネズミー先輩を挙げるわけがない。
こちらとしても、ここで向こうをただ単に「個人に対する誹謗中傷」と非難するならば、逆にネズミー先輩が文武両立していないということを向こうは主張しかねない。だからこそ、明確な、裏付ける理由を持って、「個人に対する『事実なき』誹謗中傷」として非難する必要がある。
そして、向こう側こそが愚か者だとはっきりさせておく必要がある。
今、すぐに。
ネズミー先輩の方向を絶対見ないように目を閉じる。壇替わりの机を両手でドンと重くたたく。目をまっすぐイタチに向ける。
「返すようですが、まず根津先輩は陸上部での実績は十分にある、強いと考えます」
「今年の夏の県総体に限っても8位入賞を果たしている。一番とは言えないまでも十分すぎる実績です」
「僕たちと同じ時期の新人戦―すなわち、去年の新人戦では県を三分割した地域ブロックとはいえ3位」
「よって、まず『武』のほうは間違いなく満たしていると思います」
ここまでは前置きだ。ここからが本番だ。
「次に『文』についてですが、これについても問題はないと考えます」
「あなたの言う『問題ない』というのはペガサス先輩の領域でなければならないのか?」
「否、そうではないはずです。部活においても目標がそれぞれの部活で異なる以上、志望校についてもそれぞれ異なってくるはずです」
「例を挙げると駅伝部であれば、県大会を幾度も経験している男子は地方大会を目標にしており」
「女子は悲願の県大会初出場を目標にしています」
「あらかじめ物差しを一つに集中したとしても、目指すべき、必要な『目盛り』はそれぞれ異なってくるはずです」
「そして、あなたの理屈が正しいなら、少なくとも学力に関しては、学力の高いあなたの立場からは、あなた自身より学力の低いと考える人に何を言ったとしても、文句は言えないということになる、そういうことで間違いないですか?」
向こうの目は驚きつつも、「当り前よ」と語る。
それが墓穴だ。
「それはすなわち、僕が目の前にいる以上、あなた自身の意見を否定していることになることと同義だとおもうのですが?」
会場がざわめく。畳みかける。
「よって、あなたの主張が正しいなら、僕の学力の方が高い以上」
「僕がネズミー先輩についても『文武両道』の合理性があるとさえ考えれば」
「あなたの主張は、少なくとも今年に限ってはあてはめることは不可能なのではないか?」
「その主張を、僕の前ではたしてすることができるのかな?」
イタチの表情が完全に「しまった」と語る。次に怒りに変わる。
どうやら、今の今まで僕はあくまで「おまけ」扱いで、ネズミー先輩をこき下ろすことのほうが主だったようだ。
「ちがう!そんなことは言っていないでしょ!」
「ならば、君のネズミー先輩に対する主張が根本的な部分で間違っているということだ!」
向こうに一瞬の間ができたところで、一気にダメ押しをかける。
「先ほどからあなたは先輩を舐めきって居るような口調ですが」
「何一つ、校内でさえナンバーワンの座を得ていない人が」
「優秀な人が、自分の分野で才能を伸ばそうとしているところを、ただの嫉妬で足を引っ張っている醜い光景にしか、第2学年首席のこの僕には見えないのですが」
僕の記憶に残る限りでは、ナンバーワンの実績はなかったはずだ。
さあ、どう出る。
「黙りなさい!ドブネズミは優秀なんかじゃなくって、ある事件の」
ジリリリリ・・・!
イタチを遮るかのようにベルが鳴る。
イタチがはっとする。
最後の最後、向こうの墓穴が明らかになったところで、
名指しの侮蔑がなされてしまったところで、
タイム・アップだ。
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