第2区 生徒会役員選挙の件 8. 若猪野二郎➁
「…今更ですけど、俺が抜けて、だれかもう一人2年生を入れられれば、蹴球部に関しては丸く収まるんじゃないですか?」
イノブタが主張する。自らを犠牲にするやり方か。
亡命した以上、今、その言葉を口にするとは思ってもいなかった。
そうすれば蹴球部の一件は丸く収まる可能性が高い。
従って、ここで蹴球部と和睦すれば、庭球部との同盟も必然的に手切れとなる。
生徒会側の妨害を受ける心配もない。
だが。
「残念だが、それはできない」
ペガサス先輩が否定する。
「ゴッズやドラゴン、ゴクウには前に話したことがあったけど、おれには目標がある」
「市大会優勝・県大会3位入賞・そして地方大会への出場だ」
「残念ながら、今からメンバーを入れ替えてどうにかなるとは思わない」
「それに、そんな平和など一時のものに過ぎない」
ペガサス先輩の眼が変わる。
「やるからには、勝つ。競技でもないのに邪魔する者は、10万馬力で踏みつぶす」
敵とみなしたものに容赦は必要ない。
そう、彼は目で語っていた。
「それに、ここまで来て同盟を向こう側と結ぶのは、イノブタ、お前にとってまた居場所をなくすことにつながるんじゃないのか」
「それは人としてどうかと思う」
リュウノスケもペガサス先輩に同意する。
「そうならば、リュウノスケ」
僕が声をかける。
「事はここに至った以上、相手方の動きにイノブタが関わっているのはもはや確定だ」
「だとしたら、イノブタに聞いて、僕たちが判断しなくちゃならない」
「イノブタに正当性があるのか、そうでないのか」
イノブタが部内で好き勝手にふるまい、その結果として蹴球部のメンバーを敵に回していたとするなら、駅伝部としても、彼にとって厳しい手を取らざるを得ないだろう。
その場合はイノブタの自業自得なのだから。そうでないなら、すなわち彼が理不尽な仕打ちを受けていたならば、向こう側と戦うほか道はない。
「イノブタ、事がここに至った以上、蹴球部で何があったのか話してもらえないか。知ってる、分かってる範囲だけでいいから」
ペガサス先輩が、イノブタに問う。
しばし、沈黙が流れる。
「夏の大会の、県大会をかけた3位決定戦、同点の延長戦、そのロスタイムだった」
イノブタが遂に口を開いた。
「相手方の流れを切ろうと、根古野先輩がボールをクリアしたんだ。けど、急な風にあおられてボールが遅くなって、ぎりぎりラインを割らなかった」
「全員、その時はクリアしきったものと思って気が緩んだのかもしれない」
「すぐにMFの先輩が向かったけど、かわされた」
「その後俺もキーパーの前で、最後の一人となって防ごうとした」
「けど、向こう側にも伏兵がいて防ぐことはできなかった。そして、失点だ」
試合終了間際の、急転直下である。
「そのことで、俺に全責任がかぶせられた」
「俺が責任をかぶせられたと公にするか、一族の者にでも言ってみたら、お前の一族を壊滅させる、そういわれたんだ」
この場にイノイチやイノミがいたらアウトなのだ。
「確かに、はたから見たら僕のせいに見えるのもあって、従わざるを得ないんだ」
「実際、蹴球部もそういう見方が強いんだ」
「だから、こういう秘密会議の場じゃないと言えないんだ」
「君たちの口から表に出ても、それが君たちの仮説、というわけでもない限りアウトだ」
「壊滅、か」
「えらく大きく出たな」
「だけど、そこまで大ホラ吹いてるんでしょ。口ばっかりじゃないんですか?」
ワンコが疑問を出す。確かに、普通ならそうだ。一族を滅ぼすなどと。
「それだったら若猪野家もそこまで深くは考えないですむね。けれども、根古野一族と僕は同じ小学校で、一人、いなくなった同級生が、実際にいたんだ」
そうリュウノスケが語る。そういえば、小学校時代に急な転校で引っ越したのが、当時の隣のクラスで出た記憶はある。
詳細を当時同じクラスだったという彼に聞けば、過去に、根古野先輩をあと一歩まで追いつめた生徒が、一族ごと地元からいなくなった。
家や土地は根古野家が競売で落としたそうである。校区は違うものの、若猪野一族はそのことを知っていたのだ。イノイチやイノミも、無論知っているとのことだ。
「相手の実行手段はわからないが、実際に起こっているのは確かなんだ」リュウノスケが苦々しくつぶやく。
「もし仮にそれが校内に関係することならば、先に相手の居場所をなくしてやるか、向こうの打つ手をなくすのが一番だね」
オロチがさりげなく過激なことをいう。
しかしながら、後者の方は僕も同意するところだ。
そして、正当性があるのがどちらかの判断を下した。
「イノブタの話は分かった」
「間違いなく、お前に正当性がある」
「オレたちは、戦う方向でいくよ」
となると、問題となるのは、生徒会選挙を舞台とするこの危機をどう切り抜けるか、だ。
「さて、本題に戻ろう」
ペガサス先輩が話を戻す。
「戦うか、退くかだ」
空気が一瞬、しびれる。
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