第2区 生徒会役員選挙の件 7. 根津美代子

あの、とニワトリが漏らす。

皆、彼女の方向を見る。

「これまでの話の雰囲気から、言い出せなかったんですが」

「仮に最悪の事態になった場合、『中学の』駅伝部をあきらめる、という選択肢はないですか」

「ゴズくんの懸念が当たった場合、死者が出る可能性がある事を考えなければならないんです」

「私も悲しいですけど、死者を出すのは、さすがにまずいと思うんです」

穏やかなニワトリ、案外いうことは言うようだ。


これに対し、ニワトリをじっと見つめていたペガサス先輩が口を開く。

「確かに、死者が出るような、血を見るような事態はあってはならない」


「でも、チキンには申し訳ないけど、おれはできるだけ粘りたいんだ」

そして向くのは、ネズミー先輩の方向だ。チキンとは、ペガサス先輩がニワトリを呼ぶときの名である。

「ネズミーにとって、この駅伝は最後の『部活動』となる可能性がある」

ネズミー先輩も控えめにうなずく。


ネズミー先輩の過去には間違いなく何かがあった。そして、ペガサス先輩はそれを知り尽くし、そのうえで受け止めている。

そしてそれは、まだ口にすべき時ではないのだろう。

そんなことを、あの時の僕は考えていた。





「大きな声では言えないけどな」

「ネズミーは『法具・風扇』継承者の可能性がある」






言った。

過去にあった何かではなかった。

とんでもない事だった。


限定的ながらも自然現象を操るとされる、現代科学では原理未解明の謎の道具である『法具』。その継承者に、ネズミー先輩がなるかもしれないというのだ。


その場の全員、二の句がつなげなかった。

僕含めて文字通り絶句である。

寡黙なタイガーも、冷静なメグやオロチもびっくりである。


『法具』については、秘密にされていることが多い。

分かっていることは、使うには「血統」「素質」が必要だということ。

県外への持ち出しの際は長い手続きを通過して許可証を取ること。

国内において全国の県境には、法具の能力を封印する専門家たちが特殊な結界を張っており、都道府県間における無断の移動が不可能なこと。

国際的にも国境に結界が張られており、それに関する条約もサンフランシスコ条約後、世界中で締結されていること。

総数の半数以上がアジアに存在すること。

『法具』を使うものが高等学校に進学する場合は、指定された学校のいずれかに進学すること。





そして、高校以降、通常の部活動などは禁止されていること。

県内にある『法具』の数は2つだけであること。

そのくらいである。


「そのうちの一つ『風扇』を…ネズミー先輩が継承するかもしれない、ってことですか?」

僕が口を開く。

「ネズミーが継承者に当てはまるかどうか。それがわかるのは、ネズミーの15歳の誕生日だ。確か、まだ14歳だったよな?」

「ええ。私の誕生日は10月4日。駅伝大会の5日前よ」

「ごめん、戦力になれなくて」

いえ、今すぐ実行に移すわけにもいかないし、申請前に実行に移したら犯罪です。

駅伝大会の直前まで実行に移すことはそもそも不可能だ。選挙自体が延期にでもならない限り、どうあっても間に合わない。

けれど、この局面で延期させるとなると、向こうも動機を訝しみ、調べていくうちにネズミー先輩が法具継承者の一族にあたることがわかるだろう。そのことが分かり次第、向こうはこちらに対抗するために法具の一族と同盟を組む可能性はある。何せ、県内の法具はもう一つあるのだから。

 そして法具の他都道府県間におけるやり取りは、法具専門の学校への行き来を除けば、帝国政府の許可を取得できた場合を除き厳禁であるほか、行き来の際も厳重な警備の下での移動となる。

 あの二次大戦の直後、米軍の占領に反発した各地方政権が独立を試み、法具により全国各地で内乱が起こった。

 これに対し米軍と臨時帝国政府は、「帝」を国を統合する象徴として、また元首として位置づけることで、帝の名のもとに乱を収めることに成功した。

 以後、帝の権力はあくまで儀礼的なものにとどまり、帝国の実権と責任は宰相が担うものとされ、法具の乱用や県外への移動を規制することが、当時の宰相によって法として制定された。

 すなわち、この法が機能しない場合、よくて都道府県間の紛争、悪くすると二次大戦直後の反乱の悪化…すなわち、第二次戦国時代が発生しうるのだ。

 法具大国と言われる国々の中では比較的穏健といえる国である、この日本でさえもこのありさまなのだから、中国や英国などの法具大国で、より深刻な紛争を抱える他国では一層厳しい規制を設けていることは言うまでもない。

 ゴクウが中国から日本に来ているのも、彼が法具とは無縁の一族であるからともいえる。


とにもかくにも、仮にネズミー先輩が法具継承者だった場合は。

「なるほど、ネズミー先輩の最後の舞台、になる可能性が高い。そういうわけなのか」

ゴクウがつぶやく。

「分かりました。出場する方向で、できるだけ粘りましょう」

ニワトリもペガサス先輩に同意する。

「助かるよチキン。ただ、負傷者等が出てきたら、俺の判断でどうこうできる範疇をこえてしまうかもしれないね」

仮にニワトリの懸念する事項が起こってしまった場合は、ペガサス先輩の力は及ばない可能性が高い。だったら、僕たちの力の及ぶ限りは、出場に向けて努力する方向で全員の意見が固まった。

ちなみにネズミー先輩が継承者でなかった場合、市内の北高校を志望するそうだ。模試の判定は上々といった具合である。


「だったら…」

主張するのは、イノブタであった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る