第2区 生徒会役員選挙の件 6. 牛頭義裕⑥

 日辻家にメグを送って自宅に戻ってくると、父・宇志彦が仕事から帰ってきていた。父は八咫中学校の理科教師であり、日曜日でも仕事は終わらないのだ。

 母のほうも現在小学校の先生をしており、今日は研修で出ているとのことである。最近のそっちの学校はどうだ、そう父に聞かれる。

 特に考えずに、根古野ってやつが生徒会長に立候補するみたいだな、と伝える。父は何か考えながら、その時点でいつになく表情を暗くして「根古野、か…」とつぶやいていたのを、今でもよく覚えている。


 そして翌日には、予想通り根古野の立候補が公表される。放課後、練習を早めに切り上げての会議である。それを見越して、朝を重めのメニューにしてあったのだ。

 雪辰家に集まったのは、メグを除く11名だ。

 昨日のメグの発言を踏まえて考えた、向こうの出方に関する内容を簡潔に告げる。加えて、同級生の女子であり、庭球部所属の井達いたちが書記に立候補することが今日判明したためそれについても伝える。

 庭球部の女子という時点で、根古野に賛成する立場であることは推測できる。

 ウサから聞くところ、特に裏で制裁を受けているわけでもなさそうなので、ますますその可能性が高い。

 ウサがさらに情報をつかんできたらしく、向こうの出方は隣のクラスの蹴球部部長・根古野が会長に立候補するのが確実なほか、ウサと同じクラスで蹴球部の比企ひきが書記に立候補することも明らかになった。

 井達と蹴球部が打倒駅伝部でつながっているかは不明だが、お互いの目的が分かり次第同盟を結ぶであろうことは言うまでもない。男女一名ずつもそろっており、なおさら向こう側にとって好都合である。

 加えて、オロチの情報によれば蹴球部・篭球部から会計への立候補者はなし、女子庭球部から会長・書記の立候補者もまた存在しないとのことである。向こう側の連立は既に成立しているか、していなくとも時間の問題だ。

 そして向こう側が全員うまく当選した場合、駅伝部に対する攻勢に出るのは明白であろうし、一人でも当選すれば妨害工作を仕掛けるのは予測できる。


 「僕が頭を下げても、出場かイノブタかの二者択一を迫られて終わりだ」

 「そしてイノブタが出られなければ、急造チームになる、って算段ね」

 僕の言葉にウサがぼやく。

 「選挙から最短で2週間。ペガサス先輩、他のメンバーを入れたとして2週間で仕上がりますか?」

 ペガサス先輩に訴える。

 「無理だ」

  無表情で先輩は断言した。

 「現3年生のうち、オレを除けば誰一人、県駅伝当日直前の練習でも、2年時の3000メートルのタイムは10分を切っていなかった。今年の体力テストのタイムから考えても、今のメンバーにとって代わるだけの実力は、市大会までにはつけられないだろうな」

 「去年の先輩たちの実力って、どのくらいなんですか」

去年はまだ小学生で、3年生の実力がわからないゴクウが僕に聞く。

 「僕の記憶に狂いがなければ、当日時点の最高タイムが、今のイノブタと同じくらいの、10分20秒くらいだったはずだ」

 ペガサス先輩もその通り、とうなずく。記憶に狂いはない。

 すなわち、他の3年生を入れる手は「ない」。


 「3年が部活を引退して2カ月になる。練習もろくにできていないのに?せめて一人でも去年のうちに10分を切っていたり、今年の練習に参加したりしてさえいればまだ話は変わったさ」

 「だけど俺のロードワークコースで、誰一人として目撃情報はなかった。オロチに頼んでコース外も含めてひそかに地区内にいくつもカメラを設置してもらって、様子を見てみたさ」

 「だけど、3年はネズミーを除いて誰一人いなかったさ」

 「当然、皆受験勉強で塾に行っているのだろう」

 オロチ、いつの間にそんなことをしていたのか。電子機器に強いのは知っていたが。

 そのオロチは片手でメガネをくいと押し上げ軽く「データはうそをつきませんから」とほほ笑む。こうした技術力を持つ彼女が、こちら側で本当によかった。根古野側にいられたら大変なことになる。


 ワンコが口を開く。

 「聞いてみたいんですが、高校入試で体育会系の推薦使うような人っていないんですか?そういう人がいたら、勉強そっちのけでトレーニングに打ち込むような気がするんですが…」

 「その手は一応考えたさ。ただ、そういう推薦を考えられるような実績を残しているのは、3年男子だと、オレを除けば蹴球部と野球部くらいのものだ」

 ペガサス先輩が頭を振る。

 「蹴球部はイノブタの一件に大いに噛んでいるだろうし、野球部は当日に遠征ですね。他に誰かいればいいんですけど」

 リュウノスケも、その手すら使えないのは痛いと思っているようであった。


 ウサが苦しげに言う。

 「すると、どちらも確実に立てることができるのは、こちらも三人立候補し、全員が当選した場合だけなんですね」

 「そういうことだ。1年生と3年生には被選挙権がないんだけどな」

 タイガーが息をつく。


 「役員の意見が分裂した場合、生徒間で十分な時間をもってした議論が必要となり、その時間は遅くとも12月まで持てば問題ない」

 「一人でも当選すれば、ひとまず最低限の作戦成功だ」

 「その間、妨害工作をしてくる可能性は否定できないが、時間さえ稼げればこちらの勝ちになる」


 その時だった、

 「あの」と声が出る。

 それまで静かだった、ニワトリの声だ。

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