第2区 生徒会役員選挙の件 2. 雪辰龍ノ介

-2000/09/01 PM15:00 十二山中学校 陸上部部室-

 

 

 「あのドラ猫野郎!あいつの仕業か―――!!」

 話はさかのぼるが昨日、すなわち夏休みの最終日、男子陸上部部室に僕が持ってきた朝刊を見たペガサス先輩の第一声がこれだった。

目は怒り狂い真っ赤に染まり、そのままその日の練習を放棄して殴り込みに行きそうな勢いであった。完全に怒髪天であった。


 「根古野英利ねこのひでとし…根古野さんは、蹴球部の先代キャプテンなんだよ。そして、現キャプテン・根古野牙ねこのきばの兄貴なんだ…」

 イノブタが消え入りそうな声で言う。

 僕の頭は冷えた。

これが何を意図しようとしているのか、理解してしまったのだ。

それだけでなく、脳みそがそれ以上の思考を許してくれなかったのだ。

隣のリュウノスケの表情を見ても、顔面蒼白である。どうも、彼も僕と同じ考えしかないようであった。いやいくらなんでも、そこまでするのか。

 一旦目を閉じ、思考を落ち着かせる。そのもとで、リュウノスケとアイコンタクトを取る。

リュウノスケが口を開く。

「向こうの目的はおそらく、駅伝部をつぶすことにあります」

「形はどうあれ、イノブタかペガサス先輩のどちらかを追っていると考えていいでしょう」

僕もリュウノスケの言葉に続ける。

「イノブタに何があったのかわかりませんが、不本意ながらも、彼の存在が関わっている可能性が高いと思います」

「仮にイノブタに何の関わりもないとするなら、ペガサス先輩に何かあったと思います」

そこにゴクウもやってくる。事態を話すと小声でつぶやく。

「これ、女子も分かってないといけないかもしれないですよね…」


 いわれてみれば当然のことである。即座に僕が新聞をもって部室を出る。

ドアを開けたそこにいるのは焦った表情のウサである。彼女の手元には新聞。

彼女の視線が僕の手元に向かい、再び僕に戻る。表情はすでに無表情にかわっている。

こちらが言わずとも、向こう側でもすでに理解が進んでいるようである。

 理解が早くて大変宜しいが、事態の方は大変宜しくない。


 その後すぐに練習時間になったので練習こそ行うものの、当然まったく身に入らない。

 宍戸先生もこれに対しては、校長を通して抗議を行うと苦々しげに述べていた。

 そして練習後すぐに先生は職員室に駆け込み、僕たちは作戦会議の開始である。




 学校内部では誰にどう漏れるかわからないことから、ひとまず十二人の中で学校に一番近い、リュウノスケの家に行くことになった。

 父親は現在ロシアに出張中、母親は東京に日帰り出張に出ているとのことであり、この点でも好都合であった。但し、迷惑は極力かけてはならないし、そもそも遊びに行くわけではないのだ。


 問題になることは、この記事の作者の意図と、今後起こすであろう行動だ。皆の意見が聞こえている中、僕は考えをまとめていた。

 まず、この記事の作者は根古野英利。蹴球部の先代主将にして、現主将の兄である。

 ペガサス先輩から聞く限りにおいて、駅伝部と蹴球部とのつながりは元々深かったが、僕たちが一年の夏、根古野英利が主将になってから関係性が一変したとのことだ。

 そのことも踏まえると、このタイミングで駅伝部の活動を妨げるような文章を投稿するということは、やはりイノブタが休部した件との関わりがあると考えるのは自然だ。

 すなわち、意図は駅伝部への批判を通して、駅伝部に何らかの牽制をかけるか、駅伝部の勢いをそごうとしているとその時の僕は考えた。

 今後起こす行動は、具体的には不明。

 抽象的に述べるなら、駅伝部の活動停止につながる何か。

 

 駅伝部が出場できなくなる、特にイノブタがいる男子の場合はどうなのか。

 まず思いついたのは、メンバーが足りなくなった場合。

 男子駅伝部員は現在6名。誰か一人欠けた時点で、補充できなければ出場はできまい。

短距離メンバーは参加しないとすでに表明しているが、いざとなれば応じてくれるだろう。

だがそれでは、このメンバーでさえ市大会優勝・関東大会出場を視野に入れ、現に前者の可能性をとらえているペガサス先輩が納得するはずもない。

 

 次に思いついたのは、駅伝部そのものが出場できなくなった場合。

 すなわち、内部の不祥事か、外部の脅迫である。

 不祥事であれば、駅伝部のメンバーからしてそうそうないものだ。

 となると、問題は脅迫だ。

 僕が脅迫者だったら、一番話がスムーズに進むのは「弱み」をつかんだ場合だ。

 弱みをちらつかせて、駅伝大会に出場さえさせなければ、目的は達成できる。それ以上の干渉はしないと明言し、その後もその通りにすればますます問題ない。

 だが、それだけではなく、さらに強い要求を出した場合、特に外道ともとれる場合は手痛い逆襲を受ける危険もあるだろう。それを向こう側が理解しているかは知らない。

 逆に、弱みをつかめなかった場合は、実力行使に出るだろう。向こうに何かしらの権力があればそれが利用でき、そうでない場合もこちらの不意を打ち人質を取った交渉という手もある。

 そして不祥事や脅迫だけではない。向こう側からの直接攻撃、単刀直入にいうところの武力行使さえも警戒する必要があると言える。

 向こうの直接行動によってこちらに負傷者―最悪、死者―が出たとしたら、出場どころの騒ぎではなくなるのは言うまでもない。


 ここまで考えが着いたところでペガサス先輩から、今後向こうがどう動くかについての意見を求められる。

 いい加減会議に参加しろという空気だ。

 今の議題はなんだ。変わってしまったのだろうか。

 聞いていなかったのもあり、会議そっちのけで自分なりに考えていたと正直に述べる。 当然まわりからはふざけるな、と怒鳴られる。素直に謝る。

ではその考えを述べてみろと言われるので、その自らの考えを述べる。

予測される敵方の行動をちょっと述べた時の様子を見る限り、

どうやら、会議が進んでいるのは今後どんな問題が起こるかというところまでのようだ。


向こう側が実際に起こすであろう行動を述べた瞬間、風が変わった。興味の視線が注がれる。


行動までは考えたものの、対策まではまだ考えられていないことを述べ、最後にもう一度謝る。

 会議の主題は他の予測される行動に移るも、意見はあまり出ない。「最悪」の事態にならないならまだましな空気すらある。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る