第2区 生徒会役員選挙の件 1. 雪辰龍ノ介

-2000/10/09 AM10:41 市役所前-


 タスキを受けてすぐに数人の走者がスピードを上げた。少なくとも、小幡中の林、大学付属中の細川、中央中の服部がオレを抜いていくのが分かった。

林は夏の県大会にこそ行けなかったものの、市大会では上位にランクインしていた。

細川は全国まであと一歩届かない程度、そして服部に至っては2年生で全国大会に出場を果たしている。

いずれも強者たちだ。

ペガサス先輩のスピードも、ゴズのような頭もなく、タイガーのような食らいつきも不可能なのに、ここで付いていったら、終盤間違いなくバテる。

仕方ないけど、離されるしかない。取り返すなら終盤だ。ここで勝負をかけるには間違いなく経験不足だ。

 スタートから500m過ぎた今、順位はすでに3位から7位まで落ちている。

 スタートがほぼ同着だった中央中と北総社中、大学付属中はすでに交差点の右手側に消えて見ない。

 目と鼻の先に小幡中がいて、すぐ後ろに弥栄中・刀根中・草薙中につけられている状況だ。

 もともと、ゴズとペガサス先輩がおらず、その上で他校のエースが集う2区はオレたち十二山中学校の穴となっている。

 できるだけこの穴をふさぐことがオレ・雪辰龍ノ介に課せられた役目だった。順位を上げるよりも、首位とのタイム差を最小限に抑えることが。

 この区間を抑えきれば、他校のエースの数は激減する。

 少なくとも、こっちのペガサス先輩をわずかでも上回りうる実力者は、全国大会8位入賞者にして、小幡中主将である雷門さんを除けば皆無と言って差し支えない。

 メンバーから考えるに、2区から3区への中継で首位に立つのは、県内の二年生の中で最も速い服部を擁する中央中か、全国大会まで僅かに届かなかった二年生・細川を擁する大学付属中であろう。

 1区1位の八咫中・平城山さんでの、オレたちに対する45秒近いタイム差は、容赦なく縮められるであろう。

 1位でタスキを受けた八咫中二区・難波のタイムはオレより遅いくらいだと、ゴズは言っていた。

 これに対し、服部は3000メートルを9分切りで走るし、細川も9分一ケタ台のタイムを持っているのだ。

 すなわち、オレと首位の差はざっと1分近くつくことになってしまう。県大会出場のためには、この差を1分以内に抑えるのが鍵だ、そう出走前にペガサス先輩は言っていた。

 はっきり言って県大会出場は「最低目標」。そのため必要な3位以内に入れる保証もない以上、首位とのタイム差をできるだけオレの区間-2区-で押さえる必要があった。

 向かい風がないだけまだましだ。仮に向かい風があった場合、身長185㎝のオレにはきつすぎる。 

 今の状態でも、ギリギリ押さえられているかどうか、という状態なのだから。


 しかし考えるべきことはこれだけではない。

 ゴズは無事。それ自体は大変喜ばしいことである。

 しかし、付き人であるイノイチが競技場方面に向かった後も、俺の待機所付近に残っていたヒツジからは、何の報告もなかった。

 仮に襲撃があってそれを撃退したというなら、そう報告があるはずである。

 先に行われた女子の競走でも何もなかった。そう、「何もなかった」のである。

 「あの時」首謀者的な意味で大きく目立ったのは4人。オレ、ゴズ、ネズミー先輩、そしてペガサス先輩。

 しばらく走っていると左手側には松林が広がる。河川敷の防風林だ。

 襲撃があるとするとここだと踏んでいる。

 また一人抜かれる。順位は9位まで落ちた。

 気にするのは順位じゃない、タイムだ。


 「2区はエースが多い。惑わされるな。特に服部と樫尾。気を付けるべきは林だ。『あの時』総大将をやったお前ならできる」

 ペガサス先輩の言葉である。

 本来であれば、オレがこうした大役を、中二にして担うはずがなかったのだ。いや、そうではない。すでに作戦上の総大将を、オレは9月時点ですでに担っていたではないか。

 大きな役割は2つ。

 一つはゴズが作戦を立てるにあたって、大筋を抑えていくという役目。

 そしてもう一つは、単純に「強敵」を「大将首」に引き付けて、迎え撃つという役目。


 今回の場合、「陸上部部長」という肩書に対した意味はない。向こう側のエースを俺の区間で消費させる。

 すなわち、ゴズと俺の区間で手札を使い切らせるのだ。

 ペガサス先輩は本来、追われるより追うのが好きなタイプだ。

 とはいえ、タイガー、イノブタ、ゴクウの3人が頑張れば、

 すべてのエースを「追う」ような状況は避けられるはずだ。

 そうなってしまえば優勝の目はない。

 

 そして6区までつなぎ切った場合、ペガサス先輩が八面六臂の活躍を見せるのは疑いの余地がない。「追われる」ような状況になる可能性があるのは、小幡中相手でなければまずないだろう。

 


 それにしても9月の時はよくうまくいったものだった。

 あの時はそう思っていた。

 …結果として、こちらの考えと全く異なる結末になってしまったが。



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