第1区 駅伝部人員召集の件 10. 十二山中学校駅伝部③

ひとまず、一軍だけでもそろえられる最低人数はそろえられ、夏休みの練習は進む。朝6時から9時過ぎまでの本練習の他、夕方涼しくなるころには自主練も行った。

一定ペースを維持して走るペース走、ペースを徐々に上げるビルドアップ走を主に行った。

 途中、蹴球部や篭球部の男子2年部員や女子庭球部員たちが、駅伝部を揶揄する野次を飛ばしてきたが、ペガサス先輩やタイガーの一にらみで静まってしまった。

 僕自身も練習中は気が立っており、暴力行動が問題にならなければ目を狙撃してやりたいくらいの怒りを内心覚えていた。メグには大きく劣るが、それでも弓には少しばかり覚えがある。

 走っている時には気が立ちやすくなってしまうのだ。そして、校内でその年の全国大会に出場したのはペガサス先輩だけであった。

 もちろん、最初のうちはそうした揶揄を受け、タイガーやゴクウはイノブタに対していらだちを覚えているようであったし、話すように要求することもあった。

 当初はそうしたいさかいをリュウノスケやペガサス先輩がなだめることが多かった。

 だが余計なギャラリーのくだらない罵声を受け続けているうちに、いい加減に邪魔くさくなったのだろうか、イノブタではなく野次馬側に怒りの矛先を向けるようになってきた。

 だれでも、真剣に練習しているところに横やりを入れられるとイラっと来るものだ。

 タイガーやゴクウについては「次余計な事したら物理的に打ちのめすぞ」と練習後それぞれ木刀と角材を手にゴールポストに怒鳴り込みに行きかけ、ペガサス先輩に全力で止められていた。

 但し、ペガサス先輩もただ止めるのではなかった「市大会制覇はおろか、県大会にも行けないような雑魚集団だ、というような感じであいつらを見下せるよう、全員で練習に励もう」と、タイガーたちを擁護するような形で。

 皆、成果を見せてぎゃふんと言わせてやろうという意味でも一致団結していた。

 女子についても練習前は、内気なネズミー先輩に対して頼りないとする見方が陸上部以外の3人からは強かったようだ。

 しかし練習初日のネズミー先輩が見せた圧倒的な速さでそれは1日にして改まり、男子以上に団結しているようだった。かくして駅伝部の結束は強まっていった。

 練習開始の一週間後には予定通り、男子3000メートル・女子2000メートルのタイムトライアルが行われた。

 場所については学校からは自転車で40分くらいのところにある、市駅伝大会会場のメイン会場である競技場、その近くにあるサブトラックであった。男女それぞれの記録は以下の通りであった。


 男子・3000メートル

 ペガサス先輩:8分58秒

 ゴズ:9分47秒

 イノブタ:10分21秒

 リュウノスケ:10分33秒

 ゴクウ:10分34秒

 タイガー:10分35秒


 女子・2000メートル

 ネズミー先輩:6分39秒

 ウサ:6分55秒

 ワンコ:7分15秒

 ニワトリ:7分19秒

 ヒツジ:7分20秒

 オロチ:7分21秒


 ペガサス先輩の記録は流石であった。本人曰く軽く流したらしい。確かに、夏の県大会では8分50秒を切る記録を残していたはずだ。

 そのほかはネズミー先輩を除き男女ともにヘロヘロの状態であった。無論僕も例外ではない。自己ベストに僅かに届かない程度の記録である。全力である。

 一番走りやすい季節である秋に向けて、どう記録を挙げていくか。他のメンバーと違って伸びしろが少ない分、気合を入れていかないとな、と気持ちを一旦引き締めた。

 そして練習にクロスカントリー走が加わることになった。校区内にある近所の自然公園を使って、高低差の激しい土の遊歩道コースを走るのだ。

 県大会がこうしたタイプのコースなので、その対策も今のうちから行わなくてはならない。


 もちろん練習だけではなく夏休みの宿題にも力を注いだ。課題の出し損ねで駅伝に出られないなどということがあっては本当によろしくない。

 特に人数に全く余裕のない男子。僕の場合は通常の五科目の科目の宿題を夏休み前にほとんど終えていた。大別して理由は2つ。理由の一つは無論駅伝。そしてもう一つは、二十数巻ある歴史物の大長編や、厳島や元寇など溜まっている本の山の読破に費やすためである。日辻の伯父さんから借りたものである。

 宿題を早めに終わらせたところで、休み明けにある実力テスト、これに対する対策も多少なりとはいえしなくてはならなかった。

 まがいなりにも首席である僕に加えて、学年でただ一人、ただ一度とはいえ僕に勝ったことのあるリュウノスケ、そして医者の娘・ウサと3人がかりでなんとか苦労の末、八月の半ばまでには短距離メンバー含め1・2年生全員の宿題を片づけることに成功した。

 3年生2人は美術の課題を除き宿題はなく、部活を引退したものは完全に受験勉強に専念するように、とのことだったそうだ。

 部活を引退していない2人とも塾通いはしていなかったため、書店で買ったと思われる五科目の問題集を黙々と解いていた。短距離の先輩二人は塾通いの様子であった。

 だが僕が夏休み前に終えていないもの、手を付けられていないものが一つだけあった。美術の抽象画である。どうにも手を付ける気になれず、自宅で信長公記を読んでる状況に気が付いたのはリュウノスケ。彼に引っ張られるようにして、まわりから意見をいろいろもらうことになった。

 僕の芸術センスの悲惨さは自他ともに認めるものである。しかしながら、芸術センスが僕並みに悲しいタイガーをはじめとする面々が、ああだこうだと騒ぎ立てるために、周りの意見もえてしてうまくまとまらなかった。結果僕のセンスも相まって、完成した絵の出来具合は眼をそむけたくなるものであった。

 全員が、能天気なワンコですら閉口したのちに、イノブタが変な声を出し、ニワトリが引き、ゴクウが目を背け、メグが頭を抱える悲惨なものであった。おまけにメグ曰く、年々悲惨になってきているとのことだ。リュウノスケは完全に閉口である。


 旅行にも行った。合宿でも、ただの旅行ではなく、現地で練習も行う旅行である。ペガサス先輩の地方大会・全国大会の応援にも、出場のために先に行っているペガサス先輩と先生を除く11人で行った。

 先輩は地方大会で見事5位入賞を果たした。全国大会では予選を通過し決勝に進出したものの、入賞についてはあと1位のところで達成できなかった。

 その一方で、タイムについてはペガサス先輩の自己ベストを更新する記録であった。

 かくして駅伝部がペガサス先輩にさらに触発され、男子は初の地方大会に向けて、女子は悲願の県大会出場に向けて盛り上がり、練習もますます気合が入ってきていた。

 夏休みが終わるころには男子全員がひとまず3000メートルで10分20秒を切れるまでに実力を伸ばしていた。

 このペースで行けば9月末には全員が10分を切り、単に県大会に出場する以上の成果を出せる、そう思わせるような成長であった。

 女子についても男子には及ばないが、伸びが順調ならば県大会を狙えるタイムにあるようであった。

 始めて走った人が数カ月で一気に実力を伸ばすということをよく聞くし、部活を始めた時の僕もそうだったのだが、彼らはおそらくその時期であったのだろう。

 9月に入り次第、道路上で軽めの試走も、交通力の少ない土日の早朝に行いたいと宍戸先生も言っていた。昨年よりも少し早めだろうか。それぞれの区間についても試走と合わせて検討したいとのことであった。


 だが8月31日、新学期が始まる前日にして実力テストの2日前のことだった。地元紙の朝刊にこのような投書が投げかけられていたのだ。


「高校受験と駅伝部の関係性について

 

 高校受験、それは僕たち中学三年生にとって人生を左右する、ある意味最初の機会だ。中高一貫校でもない限り、ほとんどの中学生は受験をすると思われる。

 そのためほとんどの中学三年生は夏で部活動を引退し、生活を受験勉強へとシフトさせていく。

 しかしそのような流れに逆行する部活が存在する。駅伝部である。彼らは中学三年の秋まで、勝ち進めば冬まで、受験まで一カ月を切っている時期まで部活動をしているのだ。

 勝ち進めばおそらく内申にもプラスになり、高校受験に臨む上でも有利に働くだろう。最近注目を集めつつある部活だ。

 だが、駅伝部は勝てる保証はどこにもない、いわばギャンブルである。

 走りに人生を賭けるか、あるいはよほど自信過剰な人間でなければ、わざわざ貴重な時期をつぶすはずもないだろう。 

 しかしながら、このような人間がいるのも事実だ。僕の中学校にもいる。

 これの流れは非常に危険で、将来有望な数多くの中学三年生の時間が奪われてしまう。

 現に昨年僕の周りでも、尊敬する優秀な三年生たちが次々へと駅伝部へと身を投じ、高校受験については後で焦ってしまうという有様になってしまった。

 成功したからよいものの、決して良い形であるとは言えない。

 だからこそ、余程のことがなければ駅伝部に三年生を参加させない、その流れを作っていく必要があるのではないだろうか。


 根古野 英利(15)」

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