第1区 駅伝部人員召集の件 9. 十二山中学校駅伝部②

 「3年は皆、受験優先らしい。本当にすまない」


 予想外にもほどがある。受験優先の人たちもいるのだろうが、ペガサス先輩がいて、歴代屈指の勝機があるというのに、3年生は誰一人も来ないというのだ。

昨日誰も来なかったが、ペガサス先輩が来るなら、来る人は来るだろうと皆思っていただけに、僕も一瞬何が起こったのかわからなかった。

 3年生の勧誘が全くうまくいかなかった。ペガサス先輩のほかは3年男子がゼロであり、女子まで含めても3年生はネズミー先輩を含む二人だけだ。

まったくもって、いっぺんにブレーカーが落ちたような衝撃であった。ライオン先生も無言で空を仰ぐ。

「2年生を集めればいいじゃないですか、先輩」とタイガーが返す。

「お前らのほかに速い2年生は…」とリュウノスケが持久走のタイムを思い出そうとする。

 僕も記憶をたどり、あれまさか、と思ったその時、

「ダメだ」

 と声がする。イノブタだ。

 「他の奴は皆蹴球部と篭球部だ。どちらも来ないだろう」

 僕たちには事情は分からないものの、イノブタは蹴球部を休部処分になってしまっている。

 駅伝部に「亡命」している以上、蹴球部からの増援は望めない。篭球部には蹴球部と仲の良い生徒が多く、蹴球部の同盟側と考えるのが妥当だろう。

 事実、僕の思い出す限り、長距離走を走らせるうえで少しでも面白そうな生徒は、ここにいるメンバーを除いて、蹴球部と篭球部、そして野球部に集中していた。

 では、それよりも遅くなるものの、蹴球部や篭球部の他の部活のメンバーに勧誘を行うか、あるいは他の部活に声をかけるか、という話になる。

 ライオン先生は「一週間の間に頼む」と言っていた。最初の基礎体力の確認や、本番前の仕上げも考えると、それくらいの時間は必要だろう。特に、一軍になるには。

 男子は亡命者・イノブタを除く2年生3人で行うこととなり、卓球部や野球部と篭球部は僕が、剣道部と弓道部はタイガーが、吹奏楽部と庭球部、そして懸念のもととなる蹴球部は一番人望のあるリュウノスケが声をかけることとなった。


 それから一週間。卓球部・篭球部・野球部等他の部活の練習に顔を出して声をかけてみるも、篭球部は「リュウノスケまでの上位4人がいる以上、3年生が1人しかいなくとも、一軍になれるか怪しい」と固辞。

 同級生以上に勝てないならば、少なくともゴクウに勝てないならば勝機はない。

 しかも昨年のマラソン大会で、リュウノスケと5位以下の間にはそれなりの差があったはずだ。1年生のゴクウに負けるかもしれない、とあらば必然的に引くのだろう。


 ゴクウが陸上部所属の長距離部員であったとしても、1年生に負けるかも、というのはやはり参加を渋る要因になると思われた。

 卓球部は「駅伝何それおいしいの」という目で僕を見ており、はなから相手にされることはなかった。一週間たっても無駄だった。

 頼みの綱である野球部は参加したそうな雰囲気はあり、もうひと押しすればなんとかなる、そう思ったのは一瞬のことだった。

 県外遠征・全国合同合宿の日と駅伝大会の日が偶然にも同じことが判明することとなった。

 日にちがかぶってしまってはどうしようもない。したがって、お互いに諦めることとなった。

 他のメンバーから声を聞くも、蹴球部を担当するリュウノスケは逆に駅伝部を抜けるよう、一人来ていた3年生に諭され追い返され、取り付く島はなかったようだ。

 吹奏楽部男子はそもそも文科系でニワトリが例外。庭球部は男子も「向こう側」のようであった。タイガーの方も、参加表明は得られなかったようである。

 女子も同様。男子の勧誘と合わせて活動を行うも、ことごとく失敗。

 かくして一週間が過ぎ、成果ゼロという驚くべき数字を出してしまったのだ。

 最後の希望・野球部が無理だったのが決定打であろう。


 しばらく沈黙が続いたのち、ライオン先生が口を開く。


 「一軍だけで行こう。これ以上の増援が望めない以上、どうしようもない」

 男女ともに6名、最低でも、一軍は組めるのだから。


 「高校受験はじめ学業を優先するのは至極もっともな事で、むしろお前たちが例外的な立ち位置にある」

「加えて体力テストやマラソン大会のタイムを見る限り、ここにいるメンバーや蹴球部・篭球部のメンバーと、それ以外のやつらとの差は大きい」

「それをやつらも知っている以上、わざわざ、と思うのが普通だ」

「二軍を組めないのは惜しいが、一軍だけは少なくとも現時点でも組める」

 その表情は苦い。

「先生の力で何とかならないですか」

「叔父さん、何とかなんないのか」

 ペガサス先輩とタイガーが矢継ぎ早に反論する。

「おそらく、今回の蹴球部での一件が解決しない限り無理だろう」


 先生がかぶりを振る。

「イノブタは話したがらないし、先生何か知ってるんじゃないですか」

 僕も聞く。先生の口ぶりからも、蹴球部の一件は駅伝部に絡んでいるのだ。

「知ってるが、イノブタが話さない限りは話すことはできない。駅伝部加入に当たって、イノブタとした約束だ」

 先生が重く言う。

「本当にごめん。いつか、かならず話すから」

 イノブタが弱弱しく告げる。

 イノブタが話さないと二軍が組めないが、おそらく「亡命」しているイノブタには蹴球部で相当なトラウマを負ったのだろう。

そして、イノブタが話せば駅伝部員が増える保証もないし、そのイノブタがいないと一軍を組むことすらできないだろう。強引に話させればイノブタは間違いなく駅伝部を去る。

 おまけに、この時点で、真相もわからないのにイノブタを駅伝部からも追放して蹴球部と同盟を結ぶような非道な真似は人間としてできる筈もない。

 イノブタを責めたい気持ちはあるのはわかるものの、ここで彼にいなくなってもらってはもっと困るのだ。事情はいずれわかるはずだ。

一応、イノイチやイノミは事情を知らされているようだが、イノブタとの約束のためその件については口を閉ざしていた。


 この時点で男子は二軍を編成しないで、現在の六人で市大会に挑むことが決定された。唯一の1年生であるゴクウは表情をこわばらせた。

事情あるとはいえ1年生での一軍である。一応、1年生ですでに一軍を走っている先例はある。ゴクウが口を開き、ペガサス先輩に問う。

「1年生で一軍を走ったのって何人いるんですか」

「校内に残された記録を見る限り、男子なら1年時のおれが一軍4区を走ったのがこの学校では今のところ唯一の例だな。女子とか他校はもう少しあるけど」

 ゴクウが問うていたのは唯一無二の前例であった。1年生時点でずば抜けた実績を挙げていたペガサス先輩が現在最初で最後の例だというので、ますますゴクウが表情を強張らせ、リュウノスケたちの方を見る。

「人がいないのだからこればかりは、オレにもいかんともしがたいな」

「大丈夫、俺たち陸上部員以外は初心者だ。その俺たちも一軍なんだから、さ」

 リュウノスケが首をひねり、タイガーがポンと、不安げにゴクウの肩に手を置く。そのゴクウは今度視線を僕に向ける。

「ガンバレ、ゴクウ」

 己の運命を受け入れろ。重い荷なのかもしれないが、望まぬ未来ではないのだろうから。

 責任重大ではあるが、そもそもゴクウがいない段階で男子駅伝部は不成立なのだ。

「大丈夫、強くしてあげるから」

 ペガサス先輩がにこやかにほほ笑む。

「ははは…」

 ゴクウがぎこちなく笑う。顔のこわばりは少なくとも先ほどの理由ではなくなった。

 強くしてあげるということは、これからの夏休みに待っているのは当然、特訓である。


 ここまでが男子だ。先生はネズミー先輩の一件を知っているだけに、女子についてはより早い段階で、ウサの勧誘がうまくいかなかった時点で二軍については致し方ない、とある程度考えていたようであった。

そのため男女ともに、20世紀最後の駅伝大会は一軍のみで挑むことが決定した。

 但し、不幸中の幸いは、男女ともに6人ずつと、現在のメンバーだけでも一軍の構成は辛うじて可能だということだ。

 ここで先生は女子に対して誰か一人はメンバー落ちするだろうと告げるも、誰も去ろうとはしなかった。自信の表れなのだろうか、それともなにか僕の知らない団結の力なのだろうか。

 ある程度覚悟のできていると思われる陸上部長距離班員と、僕自身何となく事情の分かるメグを除く、二人の思うところについては、その時の僕にはまだわからなかった。

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