第1区 駅伝部人員召集の件 8. 十二山中学校駅伝部

 1日のオフをおいて、登校日の2日後。

 朝5時45分に僕が学校に行くと、すでに校庭にはイノブタとタイガー、そして顧問の宍戸先生が来て準備体操を始めていた。

僕の担任でもある宍戸先生はライオンのような髪型をしている、30代後半くらいの大柄な人物だ。

「おお、ゴズも来たか!2年勧誘の方は順調そうだな。あとは3年がどうかだな」

 体格だけでなく声も大きい。

 タイガーは叔父である先生と一緒に来たという。いつもであれば、二人は学校に別々に来るのだが、駅伝部に関しては朝が非常に速いため先生が車で迎えに来るという。

僕の親も教師なので、それは教師としてどうなのか、と聞くと、「甥だしついでだし」と軽く流された。 

 ある意味、当時だからそれでよかったのかもしれない。


 次に来たのはゴクウだ。せっかく時間もあるので、練習開始前にゴクウにタイガーとイノブタを紹介する。

野球部からの「亡命」はゴクウも気になったようだが、すぐに「駅伝部員が増えた、一軍はこれで最低でも組めますね」と喜びを顔に表していた。これに3年生も加われば問題はなかった。


 やがて女子もやってくる。まず二人組が話しながらやってくるのが見える。片や小柄かつ童顔で、もう片や短髪の大柄である。

それぞれ陸上部前副部長の3年生である根須ねず美代子みよこ先輩と、1年生長距離部員の犬塚いぬづか千成ちせである。


 根須先輩ことネズミー先輩は小学生かと思われるほどの背丈で、後ろで髪を3つ編みにしている。 その体格に反して、ネズミー先輩は全国大会に出場することはできなかったものの、県総体で八位入賞を果たす実力を持っているのだ。 校内で表彰もされているものの、もともとの性格が内気であるためにその実力を侮る声も少なくない。


 犬塚はネズミー先輩とは対照的に大柄で、背丈は170㎝に達しようとしていると聞く。 警官の娘で、ガタイに合わない非常に無邪気で素直な性格であり、女子の上級生は彼女をかわいがり尽くしている。

その名前と性格から、皆イヌだとかワンちゃんだとか、ワンコだとか呼んでいる。

なお空手を嗜んでおり小学生時点で関東3位と腕っぷしは強く、現に武器なしの徒手空拳ではゴクウすら圧倒しているのを、とある放課後に見たことがある。

「ウサ先輩が2年生どれくらい集めてくれるんですかね?たのしみですね!」

「そうね。本当は私が集められればいいのだけれど」

「いやー、3年生で長距離が速い人は基本的に根性がひん曲がってダメですよ、あんなのじゃ途中で折れてダメになります!」

「そ、そうかな…?」

 もちろん、活発な方がイヌで、おずおずと答える方がネズミー先輩である。


 そのうちリュウノスケもやってくる。これで1・2年生の男子で予定しているメンバーは全員揃った。あとは明日3年生が来るのを待つだけだ。

 リュウノスケがやってきたと思ったら、その後ろにウサがいるのが確認でき、やや長めの髪をポニーテールにまとめた美少女の姿もある。

 僕の同級生であり、吹奏楽部新会計・真庭まにわ飛鳥あすかことニワトリであった。

 真庭飛鳥、姓名それぞれの最初の漢字一文字を飛ばすと庭鳥、すなわちニワトリである。

 文科系だが、マラソン大会での成績が良好であったので、彼女と仲の良いウサが目をつけていたのだ。

 「トリちゃん、こんな朝早くにつらくないの?アタシはつらいけど…」

 「一応わたしは家業で慣れてるからね。ウサこそ去年も出てるから慣れてると思ったけど…」

 「アタシは朝に弱いのよ…大体、光よりも音で起きることが多いから。夏でもそんな早く起きられないのよ。トリちゃんもそうじゃないの?」

 「人の声を区別して認識するのは得意だけど、目覚めは純粋に時間によるかな。自宅がパン屋だし」


 そういえば去年もウサは夏の早朝練の時は遅刻寸前が多かったな、と思い至る。そう考えれば進歩したのだろう。

 彼女らが起きるころは日がまだ出ず、空が明るくなる程度の時間だろうか。

 人間、光か音で目が覚めることが多いのだ。ウサは耳がよかったのだな。



 そして6時少し前に来たのはアンダーリムのメガネをかけたショートカットの、凛としたやせ形女子と、そして、昨日加入が決まったヒツジ家のメグこと日辻恵未がくるのが分かる。

 メガネの女子は僕の同級生であり、リュウノスケの従妹にして卓球部所属のオロチである。オロチの方も、余計な肉がない上にマラソン大会の実績もよく、リュウノスケの従妹であることからも前々からウサが目をつけていたのだという。

 「ヒツジちゃん、妙に目立ってるいとこが駅伝部にいると大変だよね」

 「全く持ってその通りよね、オロちゃん。私もここである程度名前を覚えてもらえれば今みたいな面倒さはなくなるのだろうけど」

「名前は覚えてもらわなくてもいいかもしれないよ、アレのいとこ、って事でまた大変だろうし」

「そういう面倒くささもあるのね」

 冷静で互いに気の合っているらしきいとこたちから何か聞こえてくるが、僕とリュウノスケは聞こえないふりをしてストレッチを行う。


 六時ちょうどの時点で男子は5人、女子は6人。

 男子は明日ペガサス先輩が連れてくるだろうとはいえ、女子については陸上部員であるウサを除けば、勧誘に成功した2年生女子は現状3人のようだ。

 一人いる1年生の長距離部員を含めても、一軍は組めるものの、二軍はまだ作れない。

 「…うまくいったのは3人だったのか」

 「その3人以外は残念だけどダメだったよ。『あの人たち』の影響下だ」

 リュウノスケの言葉に、ウサが残念そうにかぶりを振る。

 致し方あるまい。とはいえ、この時点で女子は6人。即席の一軍なら作れる人数だ。あとはペガサス先輩の人徳を明日のうちに頼むほかあるまい。

 初日はまずは全員で5000メートルをジョギングした。その後に、体力テストと同じく、男子は1500メートルを、女子は1000メートルを走ることとなった。

 男子は僕が4分40秒、続いてイノブタの5分0秒であった。一番遅くともゴクウの5分5秒と、全員が予想以上のタイムを出していた。

 ゴクウに至っては土トラックでのベストタイムである。僕もこれには正直驚いた。開始時点でこの実力ならば、もっと良い記録を狙えるのではなかろうか。県大会よりも上に。

 なんせ僕以外の伸びしろについては、はっきり言って十分すぎる。3年生がここに加われば盤石だ。女子についてはネズミー先輩が圧倒的であり、しばらくしてウサが続き、他の4人が同じくらい、という状況であった。こちらも伸びしろは十分だ。

 来週は本番と同じ距離である男子3000メートル・女子2000メートルの記録を取ることを顧問に告げられた。

 女子については、上位2人には9月には3000メートルを走らせるつもりだと告げた。実質的に、この時点で1区と5区が決まるのだ。


 翌日、ペガサス先輩が朝5時50分に来るも、とんでもなくよろしくない顔色であった。 陽気な先輩がここまでの状態になるには、一体何が起こったというのか。そんなことを思った矢先だった。先輩が、とんでもないことを口走った。

 

「3年生の勧誘だが、女子どころか男子も壊滅的だ。2軍は組めるか怪しいぞ」

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