第1区 駅伝部人員召集の件 7. 日辻恵未
歩いていけばやがて夕焼けの中に、鎮守の森が見えてくる。
目的地は森の中の神社ではなく、その近くのやや古めの家だ。「日辻」と書かれた表札の下にあるベルを鳴らす。
すると玄関扉の中からふわふわした髪の毛の、同い年の、よく見慣れた女子が出てくる。すでに私服に着替えていたようで、ひざ丈の裾の、ゆるめのワンピースを着ている。
「…ヨシヒロあんた、この時間に一体どうしたの」
「この時期、このタイミングで、この学年で、お前のマラソン大会の去年の順位が3位、って来れば、言いたいことはわかってくれると思うが、メグ」
彼女は
2年生の弓道部新部長にして、地元の神社・末広神社を代々継ぐ家の跡取り娘である。 通常、全国にある末広神社の祭神は毘沙門天ないしそれに比例する神々だと母が言っているのだが、この末広神社に限ってはなにゆえか、祭神は天照大神と伝わっている。この地区での家の旧さに関しては僕が知る限り、彼女の家より旧い家はない。
だがそれ自体は僕にとって何の問題にも面倒にもならない。
何が問題で面倒かというと、加えてこの家が僕の母の実家であり、彼女が僕の従姉であることなのだ。なお年齢差はわずか10日。
しかも彼女に比べて新しい家の僕が、学業・部活ともに、旧家の従姉であるメグに比べてずっと目立った成果を上げてしまっているのだ。
田舎の本家・分家や旧家では、そうした体面を重視する傾向が強い。
メグが溜息をつきつつ面倒そうに答える。
「結論を先に言わせてもらうけど、答えは参加することになったわ」
言っていることがよくわからなかった。
あまりにもあっさり過ぎる。
ものすごく意外な結論に、おもわず「なんと」とつぶやいてしまった。
一瞬、メグが僕に対抗して何か実績を残しに来たのかとも思った。
しかし今回の駅伝は男女別であり、特に比べるものはない。
おまけに弓道部の部長も暇ではないはずだ。
そんな彼女が応じる理由をしばらく考える。
まさか、と思う。念のため聞く。
「どういう風の吹きまわしだ?」
「おばあちゃんの命令」
やはり。してその意図は。
「わたしがあんたに比べてあんまり実績挙げられないから、業を煮やしたおばあちゃんが駅伝部で県大会出場しろ、って命令出したの。
女子の駅伝で県大会に行って、そのメンバーになれれば、県大会初出場時のメンバーとしての箔がつく、って。
うちの駅伝部、確か女子は一度も県大会に行ってなかったでしょ?」
「それで、参加する、と」
「あんたも知ってると思うけど、私の家だと、断る選択肢はまだないもの」
あの家は祖母―僕の祖母ちゃんでもあるのだが―の権力が絶大な家であった。
祖母ちゃんに先を、あまりいい形でなく越されてしまった。
僕が祖母ちゃん経由で頼み込む形で「仕方ないな」と旧家が立つ形であればよいのだ。
そうすれば僕が頭を下げることで日辻家の名目が保たれるのだ。僕の家・牛頭家は日辻家への対抗意識がそこまであるわけでもないので、祖母が「勝手なこと」をやってくれなければ何も問題はない。
本来僕が考えていたのはこのやり方で、懸念事項は祖母が調子に乗ってしまい、地域で僕や僕の家族を見下すあることないことを言いふらしてしまうことだった。自分や家族のことでない噂の真偽など誰も興味はない。
これに対して祖母ちゃんは日辻家の面子を、自ら牛頭家に対抗する形で別の意味で立てろ、と言ったのだ。まだ中学生であるメグは逆らえない。上からの完全な強制である。
かくして僕の懸案事項は、あまりよろしくない形で解決されることとなった。
そしてメグにつられて日辻家にあがることとなる。
伯父さんはまだ神社で仕事だったので、伯母さんや祖母ちゃんと部活などの話をし、本当に彼女が駅伝部に加入することが分かった。
メグの妹・未穂は塾に行っているのか不在だった。
伯母さんはまだしも、祖母ちゃんはあまりいい顔をしておらず、何度も「分家なのにねぇ」とつぶやいていた。
その帰り道、今日のことを振り返ると、やはり「駅伝部への加入」に関してみればかなりスムーズに事が進んでしまっていることが思い当る。
陸上部とタイガーはともかくとして、懸案事項のイノブタどころか、女子でみれば難関とされるメグすらも加入が決定してしまった。当然ありがたいことではある。
しかしながら、この裏には誰かの陰謀が働いているのか、あるいはこの埋め合わせとして、何かろくでもない事件が天から降ってくるのではないか。そんなことを考えながら帰路についていた。
一応、日辻家を出るときにメグには他の理由はないのかと聞いてみたが、あるわけないと一蹴された。あったとしても、今はまだそれが分かる時ではない。
オロチが加入する可能性がある、そう告げた時、ほっとしてくれたのが、数少ない救いであった。
僕とリュウノスケが仲が良いように、メグとオロチもまた仲が良いのである。いとこが目立っているために苦労が発生し、それによって妙な結束ができたのだろうか、などと最近ぼくは考えている。
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