第1区 駅伝部人員召集の件 6. 若猪野二郎

僕たちの想定した事態は一変した。

 良い意味では、イノブタの加入が順調にいったこと。

 そして、悪い意味では―


「蹴球部を休部扱いになった、ってそれ本当か?」

 僕もリュウノスケも予想していないことだった。

寡黙なタイガーさえも驚きを隠しきれないようだった。

蹴球部の夏の大会で2年生ながら3年生にまじってレギュラーに抜擢され、次代部長の最有力候補であったと聞いていただけに、三人とも頭を蹴られたような衝撃であった。

「…ああ、諸事情あって、な」

 理由は話したくないようだが、来てくれるなら大変ありがたいことだ。

だが、タイガーはともかくとして、控えめでおとなしい、しかし芯は強いイノブタの説得がここまでスムーズに済むとなると、口に出したくはない何か大変なことが蹴球部であったのだろう、と思う。

 念のため、暴力などの犯罪をはじめとする問題行動でないことだけは確認しておくと、そうでないことだけは断言してくれた。

 かくして、気になる点こそ残るものの、ひとまず男子2年生の有望選手はしっかり集まった。

あとは3年生がどれだけ集まるか、だ。但し、亡命に当たって顧問に頼みごとをしてくる。そう言ってイノブタは職員室へと向かった。

去り際に、どうして駅伝部に、と聞いたが、あくまで休部扱いであること、そして陸上部に兄妹がいるから、とだけ言い残して行った。


「リュウくん、ゴズくん、そっちはどうなってる?」

 隣のクラスの陸上部長距離班・ウサこと宇佐美卯月が話しかけてくる。

「ひとまず2年男子は僕とリュウノスケを含めて四人集まったぞ。そっちは?」

「アタシの方はそこまでよくないわ。ひとまずトリちゃんは参加するって言ってたから、今のところ二人かな。オロちゃんは考え中だってさ。あとヒツジちゃんは…微妙っぽいね」

「わかった、考え中というならば大丈夫だ。キミエには俺から言っておこう。後で卓球場に行っておく」


 リュウノスケが問題ない、というようにうなずく。というのも、卓球部の2年生である彼女・大蛇おろち紀巳絵きみえはリュウノスケの従妹なのだ。

 ということはである。次の展開の想像が容易についてしまう。

 「リュウくんありがとうね。ゴズくんもヒツジちゃんに何とか言ってもらえる?あの子も実力があるからさ」

 ほらきた。こちらの事情は知らんだろう。

 「…善処はするが」


 彼女の長距離走の腕前は校内でもなかなかのもので、去年のマラソン大会では2年女子3位だったはずだ。しかし、何とかしなくともよい方法はあるはずだ。ダメ元で聞いてみる。

 「ネズミー先輩が必要人数を連れてくれば、僕が呼ぶ必要もないと思うのだが。女子の方が競技に参加する人数も男子より少ないし」

「あのね、ゴズくん。ネズ先輩は無茶苦茶シャイなんだよ?分かってて言ってるの?陸上部に来た経緯だって…」

 やはりこれではよくない、ならば。

「だったら、シーカ先輩なら」

「ネズ先輩側についてるんだからあんな人たち誘うわけないじゃないの!それと、3年生の女子で長距離走の速い人たちは、ネズ先輩以外みんな『あんな人』よ!去年だって2年生の女子でまともに駅伝部に来てたの、ネズ先輩くらいじゃない!」

「そんなに皆?」

「そんなに皆。記録も見る?」

 そこまで言われるならこちらにも反論の材料は…ない。致し方あるまい。

 とはいえ、過去にネズミー先輩が庭球部にいて、何かの事情で陸上部に転部したこと位しか、僕は知らなかった。


 だがこの案件がいろいろな意味合いで丸く収まらないであろうことは、容易に予想がついた。

ここで時計をちらりと見ると、ちょうど陸上部の練習開始時間にもなりそうなので、タイミングもよいので二人に時間を告げ、グラウンドに二人と一緒に行くことにした。

短距離の先輩はすでに引退済みであり、ペガサス先輩は先のとおり今日から明後日までは練習に来ることはできない。

男子の勧誘の成果は3日後に聞くとしよう。

後ろの方でウサが「二軍まで最低あと8人よね…」とつぶやいているのには一応「あいつについては善処する」と繰り返しておく。

しかしこのことは問題を先送りにしたに過ぎない。善処するといった手前、何もしないというわけにはいかない。

最も、善処するともいわなければウサがしばらくこの件で練習の旅にねちねち言ってくるのは見当がつく。面倒この上ない。

僕が何かしら動けば、ウサの方もそのような行動に出るまい。成果についてねちねち言われる可能性はあるが。

 かくして練習後、懸案事項を処理するため、僕は制服に着替えて目的の人物を探しに、まず弓道場へと向かう。

 しかしすでに弓道部の活動時間は終わっていた様子であるのか、だれの影もすでに見えない。

 そのため中学校から徒歩10分をかけて近くの神社まで向かう。

 その間、部活中にも頭の中にあった面倒なことについて考え直す。いつものあいつならまず応じないだろう。

 ウサに対してはおそらく言葉を濁したのだろうが、彼女は僕に対してそのような配慮をする人物ではない。

 基本的に押しには強いが、対抗できそうなあの人のところに向かうのが一番手っ取り早い。

 あの人が余計なことをして、僕はともかくうちの家族にまで迷惑が掛からなければよいのだが。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る