第1区 駅伝部人員召集の件 5. 大河虎鉄


 目標を一通り話したペガサス先輩は、今日の夕方から明後日まで、地方大会・全国大会の強化合宿が入っているため、三日後まで陸上部の練習には出られないと告げた。

 そう言い、ペガサス先輩は3年生の間に戻っていく。

 現在、男子の駅伝部員は陸上部の4人が確定済み。ペガサス先輩と、僕と、リュウノスケと、そして1年生が1人だ。

 「リュウノスケ先輩にゴズ先輩、駅伝部の方はどうなんですか?」

 その1年生の声が聞こえるので後ろを振り向く。彼がこちらにやってくるのが視界に入る。小柄な体格に短髪、そして額を横切るヤケドが特徴だ。

 「2年生はオレが、3年生はペガサス先輩が何とかする。ゴクウはまずタイムを上げないとだ」リュウノスケが1年生の頭を撫でまわす。 

 彼の名はシン天空テンクウ、陸上部長距離班の一年生で、中国の天津出身だ。

 姓の申は十二支のサルで、名の天空は「斉天大聖孫悟空」のうちの二文字。

 おまけに武術に長け、特に棒術では小学校時代に全国大会で準優勝するほどの実力を持つ。

 中国武術を用いての武装解除もお手の物らしく、拳法の腕も立つと来ている。

 ペガサス先輩がこれに目をつけないはずもなく「ゴクウ」の名を入部早々頂戴した。本人は気に入っているようなのでまあいい。いや問題なのだが。

 僕からしてみれば小学校時代からの後輩で、陸上部に誘ったのも僕だ。

 この中学校に剣道部や弓道部といった武道系の部活があったにもかかわらず、素直に入ってくれたのは大変ありがたいと思っている。

 本人が言うところによれば、武道系以外の部活の環境も、中学生の時くらいに知っておきたかった、とのことであった。

 「それじゃあ、まずはタイガーの説得だな」

 リュウノスケの言葉にうなずき、僕たちは剣道場へ向かった。

 ホームルームの時間はなく、集会後はちょっとの準備時間があるだけで、すぐに部活動の時間だった。

 ゴクウはというと、週一回の道場での稽古の日にあたるため、部活ではなく、市内中心部の道場へと向かっていった。


 剣道場に向かえば、一人の男が竹刀の素振りを行っていた。

 龍ノ介に並ぶ身長に加えて、がっちりとした上半身。

 体格に恵まれた、ぼさぼさの髪をした男である。

 しばらく待ち、ひと段落したと思しきところで声をかける。

 「来たよ、タイガー」

 「ゴズにユキタツか。…そうか。叔父さん、いや宍戸先生から話は聞いていたが、随分と自分に声がかかるのが早いな」

 男が額の汗を手拭いで拭う。


 自らを「自分」と名乗る彼こそが、大河たいが虎鉄こてつことタイガーだ。陸上部顧問にして駅伝部顧問・宍戸ししど先生の甥、剣道部員である。

 「来年もお前には来てもらいたいからな」

 「今年のうちに駅伝部を知ってもらいたい、ってことだよ。君の強さ次第では三年生を差し置いて一軍も視野に入る」

 「まだ入るとは一言も言っていないぞ」

 実のところ、この時点で僕たちはタイガーが駅伝部に入る前提で考えていたし、顧問の甥というころもあり、スムーズな説得が進む勝算は当初からあった。

 「そうだよな。じゃあ改めて言うけど、駅伝部に来る気はないか?」

 「…どうせ断っても叔父さんに説得されるのが落ちだ、引き受けよう。但し、剣道部に影響の及ばない程度に頼むぞ」

 この通り、彼の本業である剣道に影響さえ出なければ問題はない。

 「ありがとう、よろしく頼むぞ。練習は明後日の朝6時からだ。そうすれば剣道部の時間と被らないだろう?」

 「剣道部の夏の練習は朝9時から12時までだ、問題ない」

 かくしてタイガーの説得は当初の予定通りすんなり完了した。あとはもう一人、連れてくるべきやつがいる。

 「…ところで、自分を誘うというなら、あいつも誘うのか?」

 昨年秋のマラソン大会の学年3位がタイガー、1位は僕。となれば、2位を誘うのは当然というものだ。なおリュウノスケは4位だった。

 「ああ。あいつも誘う予定だ。これからグラウンドに行く予定だ。お前も来るか?」

 「悪いが今はこっちの練習がある。二人で頼むぞ」

 彼にも本業があるのも当然だし、剣道に支障がでるのもよくないので、タイガーを置いてリュウノスケと二人で、「2位」を勧誘するために蹴球部のグラウンドへ向かおうとした時だった。

 剣道場の扉に人影が見える。小柄かつがっちりとした体格だ。

 そしてそいつが口を開く。

 「駅伝部への亡命をしたいんだ、頼む」

 昨年のマラソン大会における1年生2位にして、蹴球部2年期待のディフェンス・若猪野わかいの二郎じろう・通称イノブタが、

 駅伝部の参加、より正確に言うならば、駅伝部への「亡命」を、真夏の剣道場で申し出たのだ。

 

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