第1区 駅伝部人員召集の件 4. 天馬賢午

 -2000/7/31 PM14:13 十二山中学校体育館-


 「ゴッズ、ドラゴン。二年生男子駅伝部の勧誘はお前たちに任せるぞ」


 夏休みのはじめ三分の一が終わるころの登校日。体育館で開かれた市大会・県大会の表彰、および関東大会壮行会の終了後。

僕たちに声をかけるのは陸上部前部長にして駅伝部新部長、天馬てんま賢午けんごである。

高身長で馬のような顔つきであるが、走力は折り紙付きだ。

3000メートルを8分50秒で走り、すでに地方大会や全国大会への出場が確定している。

県内中学生のうち間違いなく上位三名の実力を誇る走者である。

1年生時点ですでに駅伝部一軍に名を連ねた過去をもつ、校内はおろか県内では知らぬ者のないランナーだ。

 陸上部は他の部活と異なり、夏の県大会と、その前に開かれる通信大会という大会での記録が標準記録を切っているかが、夏の全国大会の出場を決めるのだ。

 すなわち、タイムさえ切ることさえできれば、1つの種目で一つの県から10人以上の中学生が全国大会に出られる一方で、1人の出場者すらも出すことができない種目も存在する。

 例外は400メートルリレーであり、夏に各都道府県ごとに開催される、通信大会と呼ばれる大会の優勝が全国大会出場の条件であるが、開催地のみ準優勝の場合でも参加が認められる。

 一方で地方大会は、県大会の上位3位に入った場合のみ、出場が許される。最も、400メートルリレーを除いて複数の種目への参加はできないので、実際には3位以下での繰り上げ出場が多数存在するのだが。

 ペガサス先輩は、夏の市大会・県大会ともに準優勝の実力を誇る。そして互角に戦う実力者は、市内に限っても彼のほかに3人存在する。今年の市内のレベルは、相当に高いと言える。

 「ペガサス先輩もあれだけ大々的に宣伝しているのだし、先輩方も集まるんじゃないでしょうか。バスケ部とかサッカー部とか」

 そう。この先輩のニックネームは「ペガサス」なのだ。苗字。走力。おまけに馬面。あとは空さえ飛べれば完璧にペガサスである。後述の意味も含めて。

 「スプリント陣は四種競技をやっているオレ以外は駅伝をやらない意思を明確にしてますからね。短距離の先輩も県大会で引退だし」

 そう答えるのは生まれて間もないころからの付き合いがある幼馴染だ。陸上部現部長・2年生の雪辰ゆきたつりゅうすけことリュウノスケである。

 成績良好かつ運動神経抜群、容姿端麗かつ高身長、おまけに人望もあり、本人はそこまで望まないものの、九月の選挙で、次期生徒会長最有力候補とされる完璧超人である。 僕が勝てるものは長距離走の腕前と、わずかに上回る学力のほかは何も思い浮かばない。無論、身長は言うまでもない。

 陸上部ではもともと短距離パートに所属しているリュウノスケだが、今年の春から四種競技にも手を出している。

 加えて昨年秋のマラソン大会での成績が良好であったこともあり、より多くの種目に手を出してみたいと、今年の「駅伝部」に名乗りを上げている。

 駅伝部は基本的に、陸上部長距離メンバーを中心に構成され、一部の短距離メンバーや他の部活出身者も参加することが多い、8月から短くとも10月、長ければ12月まで続く臨時の部活動である。

 それゆえ、中核となる陸上部長距離メンバーが部活を完全引退する時期は他の部活と比べて段違いに遅い。そのため、3年生が参加するにはある程度の覚悟ないし成績を必要とするはずなのだが、例年陸上部を含めて、5,6人は参加を表明しているようである。


 ちなみに僕やリュウノスケのことを、ペガサス先輩が「ゴッズ」とか「ドラゴン」とか呼んでいるが、この先輩は人に対してやたら神妙不可思議なニックネームをつける癖がある。

 それもある程度親しくなってからニックネームをつけるのではなく、初対面でつけてくるのだ。新入部員へのあいさつ時点で僕たちのことをゴッズとかドラゴンとか呼んでくるのである。

 流石に目上の人に対してこの類の呼び方をしたことはなく、年長者に対しては使わないポリシーであると思われるのは本当に幸いである。

 彼のニックネームである「ペガサス」という意味には、単に名字の直訳だけでなく、幻獣、もとい珍獣という意味合いも含まれているのではないか、と最近の僕は考えている。

 事実、陸上界では裏で奇人「十二山の珍獣」として知られる。


 「2年生であれば、去年のマラソン大会で目をつけているのが二人くらいいます。一人はすんなり参加してくれると思いますが、もう一人が問題ですね」

 「タイガーなら何とかなると思います。どうにもならなければ顧問に説得してもらいます」

 僕とリュウノスケが答える。

 「なら、問題なのは?」

 「若猪野家の三つ子の真ん中です。マラソン大会でも成績良かったので、誘おうと思ってるんですが、蹴球部の方も今年の夏に、市大会の三位決定戦で負けてから本腰入れて練習しなくちゃ、って練習に専念する流れができてるらしいんですよね」

 「イノイチとイノミにも説得をお願いしようと思ってます」

 リュウノスケが答える。イノイチとイノミはそれぞれ陸上部の短距離部員で、僕たちとは同学年だ。

 本名はそれぞれ若猪野わかいの一郎いちろう若猪野わかいの三和みわで、それぞれ略してイノイチとイノミなのだ。

 彼らは駅伝部の勧誘に不参加をすでに表明している。彼らはそれぞれ三つ子の一番上と末っ子で、三つ子の真ん中が蹴球部に所属しているのだ。

 それも、将来のエースとして嘱望されているため、2年生時点での駅伝部への勧誘は厳しいのではないかと考えている。

 「先輩は3年生の方をお願いします。蹴球部や野球部の3年生とか去年駅伝部に結構来てましたからね」

 「わかってる。人数の少ない中学校だけど、二軍まで毎年揃えてるからね」

 「前々から先輩が言うように、現在の最低目標は県大会出場、最高目標は市大会優勝、ですか?」

 「最低目標はその通りだけど、市大会優勝はあくまで中程度の目標だな」

 「となると、最高目標は」

 「目標は地方大会出場。10月までには3000メートルを全員10分以内で走ることが県大会出場のための最低条件だから、まずはそこだな」

 おお。目標が大きくなった。

 「地方大会出場のためには、11月までに、3000メートルを9分30秒以内で全員走れるようにする必要がありますね…」

 

 駅伝部が市大会から、次のステップである県大会に出るためには、僕たちの場合は市大会で3位以内に入らなければならない。

その次である地方大会へ出るためには県大会で3位以内に入らなければならない。

そして全国大会出場のためには、開催県は県大会での優勝および準優勝、その他の県では県大会での優勝が絶対条件となっている。

ここは開催県ではないので、全国大会出場のためには、県大会で優勝するしかない。

 ちなみに、昨年の成績では、男子は市大会3位で県大会出場、女子は市大会4位入賞である。僕自身、一年生ながら市大会では二軍の1区を走らせてもらっている。

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