第1区 駅伝部人員召集の件 3. 牛頭義裕③
召集では点呼に応じたのち、ゼッケンとユニフォーム・タスキを確認する。
ベンチコートとその下に着ているジャージを少し脱ぐ。
漆黒の生地に白銀の縁取りがなされ、胸部分に「十二山」が漢字で刺繍されたユニフォーム、そして貼り付けられたゼッケンを係員に見せる。
すでにタスキはユニフォームに装着しているが、これについても係の確認を受ける。
ユニフォーム同様、タスキも漆黒に白銀の縁取り、そして「十二山」の文字が刺繍されている。
タスキの裏は白地であり、歴代一軍の順位とタイムがペンで書かれている。
確認が終われば、スタートラインである第3コーナー付近に向かう。
第3コーナー付近で最終召集が行われる頃には下に来ていたジャージを脱ぎ、ユニフォームの上に直接ベンチコートを羽織った格好になる。その恰好になったときだった。
「話はいろいろ聞いた。十二山はいろいろあったようだな」
「あの時は世話になったな。けど、俺たちも容赦はしないぞ」
声がしたので振り返ると、二人の男がいる。
一人は大柄、一人は小柄。
大柄な方が中央中の本多さん、小柄な方が小幡中の風間さんである。
本大会における優勝候補の二強、中央中と小幡中、それぞれの学校の1区走者にして2番手だ。
風間さんとは、親同士が同業者であることもあり、中学以前から面識がある仲である。
どちらも3年生、今年が最後の中学駅伝である。
「いろいろありましたが、こちらも全力でかかります。待っててください」
「試走見てたんだろ?今日はあんなものじゃないよ」
「こちらも完全復活したところだ。終盤どうなるか楽しみだ」
二人が去っていく。こちらも今度こそ精神を集中させていく。小刻みに体を動かし、温まった体を冷やさないようにする。作戦のことは後だ。皆がいる。
そして競技開始の時間は来る。
ベンチコートを脱ぎ、スタートラインに並ぶのだ。
「先輩、ベンチコートと通信機をお願いします」
「中継所で待ってるわ」
先輩は荷物を預かるが否やダッシュで出ていく。中継所で荷物を僕に渡すためだ。競技場から中継所までは自転車で七分ほどかかるはずなので、今急いでいけば間に合うのだ。
そしてスタートラインへと僕は並ぶ。市内の20校の一軍と、19校の二軍が並ぶ。この中で県大会に、次のステップに進むことができるのは、一軍の上位3校のみだ。
本来であれば、作戦通りに市大会の初優勝か、県大会の出場を祈りたいところだったが、スタートラインに立った今となっては余計な雑念は消え去り、自分が無事に完走し、2区で待つ走者・「リュウノスケ」にタスキを渡せることを祈るくらいしかできなかった。
そして、10時30分。号砲は鳴る。
選手が一斉に飛び出すが、どこかの二軍と思しき選手がダッシュで先頭に出る。二軍はゼッケンの文字が赤色だからわかりやすい。
しかし競技場のコーナーを曲がっていく有ちに減速し、次第に抜かれていく。僕は最初の競り合いには加わらず、作戦通りに中間程度の位置を確保したが、僕の眼から見る限り先頭が切り替わる。
八咫中のエースにして、全中2位の平城山さんと城北中の北条さんだ。あの2人の身長の高さは遠くからでもよくわかる。
他校の試走や記録会を見ている限り、3000メートルを9分15秒以内で走る選手は、大体が1区にオーダーされていない。
僕もその例外ではない。このタイムよりも速く走れる1区走者は、別格の八咫中の他は、城北中程度であろう。
これに加えてエースを1区に投入する弥栄中や、選手層が厚く1区にナンバー二がオーダーされた中央中がタイムから考えても続くといった形だろう。実際に中央中の純白のユニフォームを認識できる。
だが、先頭集団には小幡中学校の真紅のユニフォームの影も形もない。
どこだと思い真横をちらりと目だけで見ると小幡中がいる。
作戦上の敵を除けば、現在最も警戒を要する相手だ。優勝候補筆頭だけに真似事はないだろう。ということはお互いの戦法まで似通っているということか。
偶然とはいえ恐ろしい。その一方でありがたいとも思う。少なくとも集団でいる、あるいは複数人で競り合っている限りにおいて、向こう側から仕掛けてくることはない。
周囲の無関係な選手にまで影響が出た場合、あちら側の一切の大義名分が失われるためである。
最も向こうが手を出す様子があった場合、オロチ経由で対処がまずなされることになっているが。そして競技場を北側から出て、そのまま緩いカーブを曲がって南下し、中継所の存在する県庁まで向かう。
競技場から南へ下りていくと、大体1000メートル地点付近で、大きな橋の下をコースがくぐることとなる。
先ほどの女子駅伝ではこの橋の南側百メートル地点が中継所ともなっていた場所である。この橋の下をくぐる際に急激な下り坂と急激な上り坂の両方を走る必要がある。
大体の選手はここを通過し終わる際に急激な上り坂によってペースが落ちる。僕たちはこの重要地点のことを「大橋下」と呼んでいる。
「平城山や北条は無視しろ。気にするな。そして、大橋下をくぐるまでは様子をしっかり見ておさえろ」
ペガサス先輩の言葉だ。
先頭の二人はすでに見えない。気にする必要はない。作戦通りだ。
まわりのペースの急激な低下を見越して僕はペースを上げる。
小幡中も同じ作戦を取ったようだ。いくつもの学校のペースが落ち、僕たちのような戦法を取ろうとする走者は何人もの選手を抜いていく。
あとはこの急坂を乗り切っても、体力が途中で切れた選手を次々と追い抜いていくだけである。残りのコース自体は平坦だ。
だが、駅伝部結成当初から今日の出場にこぎつけるまでの道のりは、今振り返っても平坦だとは到底思えない。
そもそも、まず初っ端の部員集めの段階から、先輩や僕たちの計画は完全に狂っていたのだった。
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