第1区 駅伝部人員召集の件 2. 牛頭義裕②
僕・
他の区間の3000メートルと異なり、競技場を余計に半周するため、3200メートルを走る1区。通常、最長距離にはそのチームのエースを投入すると思われるし、実際そうする学校も多い。
しかし中には、1区の大混雑による転倒等のトラブルを避けるため、あえてエースを2区に据えるという采配もたびたび発生する。
その場合、1区は混戦になりやすい性質を利用して、負けん気の強い、あるいは度胸のある選手を投入することが多い。
前者の例には、県内最速の中学生長距離走者を擁する八咫中学校がある。八咫中学校の絶対的エースが、体を温めている姿が少し先に見える。
このほか、城北中学校の主将や弥栄中学校の副将といった、夏の総体で成果を上げた選手の姿も見える。今年で急激に実力を伸ばしている草薙中学校もいる。
後者の例には、優勝候補とみなされる中央中学校や小幡中学校の二校がある。どちらも1区にナンバー2を投入している。
この二校のナンバー2-いずれも3年生-は今年の冬に腰を故障し、夏の時点では3000メートル走のタイムが10分前後と、まったく成果を出すことができなかった。
だが両者ともに復調しており、9月半ばの試走で僕が見た時点では、3000メートルをどちらも9分40秒を切るペースまで急激に調子を戻していた。それも、明らかに、ある程度流した様子で。
この調子であれば、この駅伝大会でどちらも3000メートル当たり9分30秒を切るペースで1区を走ることは軽く予想がつく。それでも完全復調でないのは救いであろう。2人とも僕とは顔見知りであり、やたら競り合いに強い選手である事はよく知っている。競り合いが多発する1区であればなおさらだ。
よって、彼らの1区起用は我らが主将、男子唯一の3年生の想定内であった。
また、優勝候補には挙げられないが、各学年一人ずつ強者を擁する大学付属中についても同様、ナンバー2である2年生が1区にオーダーされている。
2年生でありながら十二山中のナンバー2を務める僕も、秋の新人戦における3000メートル走で9分40秒を切るタイムを持ち、かつ度胸があるという理由で、顧問および主将の命により1区を受けることとなった。
おそらく、1区を走る2年生の中では僕が一番速い。中央中の服部や大学付属中の細川といった、僕より速い2年生は皆、2区以降にオーダーされている。
出場・完走すら難しかった状況だが、区間の配置に関しては顧問と主将、そして副将である僕が「優勝を狙える」配置を以前よりしっかりと検討していた。
すなわち、各チームの勝敗がほぼ決し、実力者もそれまでに使い切った最終盤に、絶対的エースを投入するという作戦である。
だがつい数時間前に最終オーダーが発表された時、主将は明らかに厳しい表情だった。 同じ作戦を取り、かつ市内最強クラスの絶対的エースを擁する学校が一つだけ存在した。小幡中だ。
あの中学校のエースは、僕たちの主将に並ぶレベルの実力者であった。それのみならず、市内最強クラスまでは及ばないものの、実力者を擁する刀根中まで同じ作戦を用いていた。
それが、疲弊した終盤戦でこちらが決戦をかける、最終区にいる。
おまけに、小幡中に並ぶ優勝候補である中央中については、序盤でリードをありったけ広げ、こちらのアンカーが追いつく前に逃げ切られる可能性も十二分に存在する。
小幡中に比べて高速ランナーの数こそ少ないものの、平均タイムでは最速であるために追いつかれにくいのだ。
これは大会前に試走を行った時、相手のタイムが大まかにわかっていたので、大会での第一懸念事項として注意し、実際に最終区で優勝争いの一騎打ちに持ち込むことを想定していた。
このオーダーを踏まえて、市大会での最大目標である優勝をなすことができるのだろうか。
そんなことを考えていた僕のところに話しかけてくる声が聞こえた。
「ゴズくん、調子と作戦はどう?シーカ先輩もお疲れ様です」
声の方向に顔を向けると、兎の耳のように、後ろ側に垂れた短めのツインテールをした、快活そうな女子がいた。彼女はとっくに走り終えたため、十二山中学校の黒いジャージにすでに着替えている。
女子1区の走者である2年生・陸上部副部長、
女子はすでにレースを終えており、順位は3位。女子の優勝候補筆頭である英和学園中を2秒差で破り、悲願である県大会への初出場を果たしたのだ。彼女自身も2年生ながら、区間7位でこそあったが、区間賞までのタイムはたったの2秒という実績を上げている。女子の1区は大混戦であった。
「調子は悪くない。とりあえず手はず通りに行くよ。向こうも無関係者を巻き込むわけにはいかないだろうからね」
ウサの声にこたえる。作戦はすでに前日の時点で練り終わっている。
詳細も各走者に連絡している。
前日に置かれていた怪文書も、ある意味で想定内ではあった。
だからこそ、今回の駅伝を棄権せずに済んだところもある。
「女子は作戦通りに頼む。ある程度手の内がばれてしまっているとはいえ、ワンコたち二人はまだ抑止力になるはずだ。ワンコからはさっき連絡が来ている。僕の方はシーカ先輩がいるから出走までは大丈夫だ」
「出走までは私がいるわ。出走後はそっちにお願いするよ」
僕とウサの言葉に、シーカ先輩もうなずく。
「先輩、ありがとうございます。ゴズ君、二人ってことは、ヒツジちゃんも?」
「あいつの腕は僕が保障する。狙いは外さない。絶対に役に立つ」
「本家筋も道具に使うとはいい度胸ね」
「日辻の祖母ちゃんにも、あの後さんざん言われた。ウサは万一の時のために、今は走り終わって医務室にいるネズミー先輩についてもらえると助かる。お前の耳が頼りだ」
「万一、ね。ネズ先輩が動くようなことがなければいいのだけど」
「そうね。ネズミーちゃんがこの前みたいに動くことになったら大事件ね」
「まったくです」
3人でうなずく。緊急事態にならなければ本当によいのだが。
「十二山の最終兵器」であるネズミ―先輩は、一度その力を「発動」させる事態になってしまったのだ。
いや、よほどのことがなければ、こちらも動いてはならない。万一の万一、よほどのことがあった場合、第一報はオロチから来る手はずになっている。
「そういえばウサちゃん、オロチちゃんはどこに行ったのかしら?」
「オロちゃんは走り終わった後、休んですぐ大会運営室別室に行って、電子機器を使って、トリちゃんと合同で通信中継および監視をやってるはずです」
電子機器に強い女性がいるのは心強い。男子が出払っている今は特に。
「それじゃあ私はネズミー先輩のところに行きます。先輩、ゴズ君のこと頼みます」
「わかったわ。しっかりお願いね」
「ゴズくんもがんばってね」
「やるだけのことはやる。走行中に被害に遭うとしても、その可能性が一番高いのは僕だろうからな」
ウサに右手を上げて応じた時、僕を呼ぶ声が聞こえる。召集の時間だ。
「十二山中学校の牛頭君、牛頭義裕君」
召集の声がかかってくる。
「走り終わり次第、僕も動きます」
二人にそれだけ言い、人が集まっているところに急いで向かう。
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